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未完成の恋
005


──放課後。

俺の目の前には体育倉庫の鉄で出来た扉。二度と見たくなかった扉だ。
九ヶ島の気配がなくて俺はほっとしていた。この倉庫、この場にいるだけで昨日のことが蘇る。九ヶ島の姿を見ればそれがさらに促進することは明らかだった。

いったいアイツはどういうつもりなんだ。俺のあんな写真撮って、何がしたいんだ。

「あのクソ野郎…」

そう毒づいた瞬間、俺は誰かにつかみかかられ口をふさがれた。

「誰がクソ野郎だって?」

「───っ!」

俺の口を覆った手の持ち主、九ヶ島が俺を見て笑っていた。
俺は必死に抵抗するが奴の体はびくともしない。口に巻きついている手に噛みつこうとした時、九ヶ島は体育倉庫の扉を乱暴に開け、俺を突き飛ばした。

「いって……」

軽く肩を打った俺はその場にへたり込んだ。腰の痛みもあり立ち上がることが出来ない。

「騒ぐんじゃねえぞ」

ガチャっと倉庫の鍵を閉め九ヶ島は俺に近づいた。俺は座ったまま後ずさりしようとしたがすぐ後ろは壁。逃げられない。俺は覚悟を決め九ヶ島を睨んだ。

「あの写真、何なんだよ!」

そう怒鳴った俺を見て奴はせせ笑った。

「お前が気絶してるうちに撮っといた。電話番号もアドレスも同様」

「てめぇ……」

一瞬九ヶ島を殴ろうかと考えたが、すぐに拳をおろした。コイツには、俺の力が通用しない。

「なんでひなたと別れねえんだ」

俺の当然の言葉に九ヶ島は嬉しそうに笑った。

「圭人はそんなにひなたと別れて欲しいワケ?」

「当たり前だろ」

俺は出来るだけ憎しみを込めてそう言った。ひなたを玩具にしてるくせに。しれっとしやがって。

「それはこれからの圭人次第かな〜」

「どういう意…」

言葉が終わる前に九ヶ島が俺のシャツをめくりあげ肌に触れてきた。

「何しやがる!」

奴はゆっくりと人差し指を自分の唇にあてた。

「圭人次第って、言ったろ?」

九ヶ島の言葉の意味を理解し、俺は血の気がひいた。奴はその間にも俺のブレザーを脱がせ、シャツのボタンをはずしていく。

「んっ……」

いきなり首にキスされ俺の体は震えた。抵抗してはいけないと自分自身に必死に言い聞かせる。

「そう、いい子だ…」

九ヶ島は俺に息がかかるほど近づき、呟いた。奴の頬と俺の頬が触れ合った。

「昨日──」

九ヶ島の言葉に、俺の視線は奴に釘付けになった。

「すっげえ、よかった」

奴にそう耳元でささやかれ、俺は言葉を失った。

「覚えてるだろ? 圭人乱れて喘ぎまくってさ、こっちがどうにかなりそうだったぜ」

俺は目をつぶり唇を噛み締めた。九ヶ島は俺を痛めつけるためにこんなことを言ってるんだ。奴の手にのっちゃいけない。

「圭人の中、熱くて、俺を締め付けて離さねえんだ」

耳をふさごうとした手は壁に縫い付けられ、奴の言葉が何の抵抗もなく入ってくる。それと同時に昨日の記憶が鮮明になっていく。

「もう一度、お前とヤりたい」

「あ……」

その言葉が引き金だったように、俺はすべてを思い出した。


そうだ、昨日、俺は──。


「嫌だ!」

騒ぐなと言われたことも忘れて俺は叫んだ。あんな思い、二度としたくなかった。

「なんでっ…なんで俺がそんなこと、しなきゃいけないんだよ……」

俺は喉の奥から声を絞り出した。目頭が熱くなる。もう涙を抑えていられない。

「お前なら、いくらでも相手がいるだろ…!」

その中にひなたがいることを思い出し、また胸が締め付けられた。俺はプライドも捨てて訳もわからず泣いていた。

「圭人」

やけに優しい口調で九ヶ島に呼び掛けられ、俺は恐る恐る目を開けた。案の定、奴の整った顔が目の前にあった。

「俺は、お前としたい」

愛の告白ともとれる奴の言葉を俺はあざ笑おうとした。でもそれはできなかった。俺は笑える精神状態ではなかったし、九ヶ島があまりに真剣な顔をしていたから。

「…やだっ!」

ズボンのベルトがはずされ俺は体をよじって抵抗する。それでも九ヶ島はためらいもせず俺を組みしき、自分の欲望のままに従っていた。
俺は次第に抵抗する力を無くし、奴の肩に手を乗せシャツを掴んだ。

ここで最後の力を振り絞り叫んでいたら、もしかしたら誰か助けに来てくれたかもしれない。でも俺はそうしなかった。わずかに残ったプライドと羞恥心がそれを許さなかったし、なにより九ヶ島に恐怖を感じていたからだ。
半分理性を失った状態で俺は必死で声を抑え、行為が終わるのをただひたすら待っていた。
頭の中は真っ白、もう何一つまともに考えることは出来なかった。


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