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未完成の恋
006


小学4年生、気に入らない上級生を殴った。
小学6年生、鬱陶しい担任教師を病院送りにした。

そして中学1年生、俺は天谷ひなたと同じクラスになった。





九ヶ島が俺を連れてきたのは、めったに使わない体育倉庫だ。たしかにここなら誰にも邪魔されずに2人きりで話せるが、狭すぎて奴を殴り飛ばせないかもしれない。ひょっとしてそれが狙いなのだろうか。

「で、話って」

九ヶ島はマットに腰をおろしながら、考えの読めない表情で尋ねてくる。俺は話し声が外にもれないように倉庫のドアをゆっくりと閉めた。

「天谷ひなたと、別れろ」

直球な俺の言葉に、成瀬はかなり楽しそうに笑った。

「嫌だと言ったら?」

今度は俺が笑う番だった。

「そのご自慢のツラを、ボコボコにしてやるよ」

俺は拳を作って奴を睨んだが、九ヶ島は身構えもしない。この期におよんでまだ、俺のことナメてんのかコイツは。

「俺は今んとこ、別れる気ねえよ。ひなたが別れたい、ってんなら話は別だけど」

「テメェが『ひなた』って呼ぶんじゃねえ」

「えー? ひなたがそう呼んでほしいって、言ってきたんだぜ」

俺の怒りはとうの昔に頂点に達していた。中1で封じ込めたはずの持って産まれた強い加虐心が、再び俺の中で燃えようとしている。

「…お前ひなたのこと好きじゃないんだろ! なんでそんな飼い殺しみたいなことすんだよ!」

「んー…俺はひなた嫌いじゃねえよ。ま、好きでもねえけどな」

我慢ならなかった俺は九ヶ島の胸ぐらを思い切り掴み、立ち上がらせた。

「いい加減にしろよテメェ! 俺は今すぐにでもお前をボコボコに出来るんだ。それなのに、なんで殴らないかわかるか? え? お前を殴ったらひなたが悲しむからだクソ野郎! テメェがどんなに最低な奴でもな、ひなたはテメェが好きなんだよ!」

俺はそこまで怒鳴ると、乱れる息をととのえた。九ヶ島の嫌みなくらい端整な顔がすぐ目の前にある。

「頼む九ヶ島…何も言わずにひなたと別れてくれ。アイツを騙すのは、もうやめてくれ」

こんな野郎にお願いなど、屈辱以外の何物でもない。それでも俺はあの日、“どんなことをしてでもひなたを守る”って誓ったんだ。

俺は顔をみられたくなくてうつむいていた。だから九ヶ島の表情もわからなかった。

「…騙してるつもりはねぇんだけど。つうかそんなに天谷ひなたを愛しちゃってるなら、なんでお前ら付き合ってねえの?」

「違う。ひなたは俺の親友だ」

俺は地面に顔を向けたまま否定する。しばらくの間、俺も九ヶ島も何も言わなかった。

「いいぜ」

俺が反応するよりも前に、九ヶ島が俺の顎に手をかけて顔を上げさせた。

「天谷ひなたと別れてやっても、いい」

「ほんとか!?」

ああ、よかった。これでもうひなたがヒドい目にあうことはない。九ヶ島に別れを告げられショックは受けるだろうが、それはいずれ時間が解決してくれる。

俺は体の力がゆっくり抜けていくのを感じた。最終的には九ヶ島を殴りつけてでも別れさせるつもりだったのだ。暴力なしで解決できたのは運が良かった。こんなところで暴力事件を起こして退学になどなりたくない。

だが九ヶ島はまだ話は終わってないとばかりに、俺の肩を掴んだ。

「そのかわり」

と九ヶ島がつづけた。








「木月圭人、今すぐここで、俺に犯らせろよ」


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