未完成の恋
005
たとえ九ヶ島がどんな奴でもかまわない。
ひなたが幸せなら、それでいい。
俺はずっと自分自身にそう言い続けてきた。でもそれは俺の本当の気持ちじゃなかった。
九ヶ島なんか、ひなたに全然似合わない。
あんな野郎にひなたをやるなんて、そんなこと絶対許せない。
俺の本音だ。
それでも今まで我慢してきたのは、九ヶ島と付き合うことがひなたの幸せになると思っていたからだ。それは俺には決してあげることの出来ない幸せ。だから何も言わなかったのに。
九ヶ島は俺に気がついていた。気がついていて、あんなことを言った。一体何が目的なんだ。俺とひなたが親友だと、奴は知ってるはずだ。挑発のつもりか? あれが奴の本音だったのか?
ふざけるなよ。
怒りで我を忘れた俺は、お構いなしにずかずかと奴のテリトリーに入りこんだ。
「な、なんだテメェ」
奴の取り巻きは、いきなり現れた俺に驚いてあたふたしていたが、九ヶ島は無表情のままだった。その顔が、俺をさらに逆上させる。
「お前たしか颯太の…」
アクセサリーをジャラジャラつけた奴が俺を指差してそう言った。俺はそいつを無視して九ヶ島の胸ぐらを掴みあげた。
「お前に、話があるんだけど」
腸煮えくり返るほどの憎しみを持っていたにしては、俺の口調は冷静だった。
「テメェ、いきなり何してんだよ! そいつが誰かわかってんのか!?」
喫煙していた男がタバコを足で踏みにじって、俺の肩を乱暴に掴んできた。
「うっ……」
俺はそいつの腕を、いとも簡単にひねりあげた。
「お前は関係ねぇ。すっこんでろ」
俺の中で昔の感覚が蘇ってくる。腕をへし折る前に、俺はそいつを突き飛ばした。
「つーかオメェ、木月だろ! 颯太の後輩の! 1年の分際で俺らにケンカ売ろうってんのか!?」
さらに俺に掴みかかってこようとした男の顔面で、振り上げた拳を寸止めした。
「邪魔すんなつってんだろ。颯太先輩の友達だから、殴らないでやったんだぞ」
男は驚きと恐怖で固まったままだ。他の奴らも颯太先輩といる時とまるで違う俺に驚いたのか、微動だにしなかった。
「九ヶ島、お前に話がある。顔かせ」
学園一の不良、九ヶ島成瀬は、ありえねえぐらいの満面の笑みで俺を見上げた。
「あぁ、話そうぜ。2人っきりで」
語尾にハートマークでもつきそうな奴の口調に、俺の怒りは頂点に達しようとしていた。
「九ヶ島!」
ツレの1人がそう叫んだが、奴はかまわず立ち上がった。
「お前ら先帰ってろ。たぶん遅くなる」
「でも……」
なおも引き下がらないそいつに、九ヶ島は怖いぐらいの笑顔を向けた。
「いいから行けって言ってんだろ。それからこのこと、颯太には言うんじゃねーぞ」
「……わかった」
奴のまるで脅しのような声に、周りの空気が凍ったような気がした。
九ヶ島はふっと笑うと、また俺の目をまっすぐ見据えた。
「待たせたな、圭人」
俺は奴を、真っ正面から思い切り睨んでやった。
余裕ぶってられるのも今のうちだ。
覚悟しろよ、九ヶ島成瀬。
俺はアイツを傷つける奴を、けっして許さない。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!