放課後の屋上で
004
「泉水ってさぁ、高宮となんかあるの?」
昼休み。いつもつるんでいる新藤にそう訊かれて、おれは心臓が飛び出るかと思うほどびっくりした。
「……何で?」
もしや屋上でのことがバレたのだろうか。万が一のことを考え、教室では絶対高宮を見ないようにしていたのに。
「いや高宮って、授業中ずっとお前のこと見てるから」
「え!?」
まったく気づかなかった。
「篠原と西田が言ってただけだけどな」
バカらしい、と言わんばかりに吐き捨てる新藤。
ああそういうことか。
篠原と西田は仲の良いクラスの女子だ。女はこういうことに敏感だ。
「なにもないよ」
思った以上の大きい声で否定してしまい、唇を噛みしめた。
「やっぱアイツらの勘違いかよ」
予想していたとおりのおれの答えに、新藤は退屈そうに首をひねった。
おれと高宮になにかあるなんて、ありえない。そう思っている顔だ。
それにしても、アイツがおれを見てる、なんて。
おれは先ほどの会話が高宮に聞こえなかったことを祈りつつ、購買で買ったパンに手をのばした。
その日も、おれ達は同じように屋上にいた。
今日はとても暖かくて、思わず瞼がくっついてしまいそうになる。おれはぽかぽかの陽気の中、高宮の肩に頭を乗せていた。
高宮が何も話そうとしないので、おれは頭を少し傾け高宮の横顔を見た。
高宮の目は、おれではなく、ずっとずっと遠くを見据えている。いつもと違う高宮の様子に、おれは初めて高宮と話した時と同じ感情が芽生えた。
「どうした?」
高宮に尋ねられ、いつの間にか高宮の腕をがっしり掴んでいたことに気がついた。
「いや、お前がどっかいかないようにと思って」
おれの言葉に、なにそれ、と高宮が薄く微笑んだ。
「だってお前、自殺するみたいなこと言うんだもん。誰だって心配になるだろ」
おれがせっかく心配してやったのに、高宮はまだ笑っていた。
「本気にした?」
そのバカにしたような口調と、脳天気な笑顔に、おれの中で怒りが膨らむのを感じた。
「じゃあ、あれは嘘だったのか」
高宮は一瞬いたずらっ子のように微笑んで、すぐに真面目な顔を作った。
「俺は自殺なんかしないよ、絶対に」
高宮はあっさり、はっきりと断言した。
その言葉に、少しだけ感じていた怒りなんて消えて、おれの心には安堵感だけが残っていた。
「良かった」
おれがそう呟くと、高宮はおれの腰に手をまわし、抱きしめた。おれは、抵抗しなかった。
「逢坂」
おれが嫌がらないことに気づいた高宮は、おれの体をさらに引き寄せて身体のすべてを密着させた。高宮の熱がすべて伝わり、彼がここにいることをおしえてくれた。
しばらくそのままでいたかと思ったら、高宮はゆっくりおれのシャツをめくりあげ、肌に直に触れた。
「高宮…?」
おれが呼んでも、彼は応えてくれなかった。
おれの声が聞こえてないかのように、高宮の手はどんどん這い上がってきて、おれは上半身裸に近い状態にまでなってしまう。彼の手がまさぐり、おれの腰、肩、胸。すべてに触れ、おれを支配しようとしてくる。
高宮の手がおれの鎖骨に触れた瞬間、彼の目を見て、やっと気づいた。
おれはこの三日間でじゅうぶん高宮に好意を持っていた。ただそれは俗に言う「友愛」のようなもので、特別な異性に感じるような「愛」ではない。
おれは高宮に「友情」を感じる、という決定的な間違いをおかしていたのだ。高宮は、最初から「恋愛対象」だと言葉にしてくれていたというのに。
それに気づいてしまったからには、これ以上高宮の好きなようにさせるわけにはいかなかった。
言わなければ。
彼にこれ以上踏み込まれる前に。
「高宮、俺…っ」
高宮と目があった。
一瞬だけ俺達の時間が止まって、何も言えなくなる。
無理に口を開いて、自分の思いを伝えようとした瞬間、高宮が自らの唇で、おれの口をふさぎ、押し倒した。
「んっ…!」
高宮のむさぼるようなキスに、おれの思考は奪われた。抵抗しようとしても、力がはいらない。
やめてくれ、高宮。
おれは目で必死に訴えたが、高宮はおれの目を見ようとしなかった。
頭ではわかっているのに、身体は動かない。男同士のキスなどという行為に、不快感や背徳心すら感じず本気で抵抗しようとしない自分が、不可解でしかたがなかった。
「…んんっ……」
このまま、ながされてしまってもいいのだろうか。
そう思った瞬間、高宮の舌がおれの口内に侵入してきた。おれの頭の中の警報が鳴り響く。高宮は越えてはならない一線を越えていた。
「やめっ…!」
おれは唯一自由に動かせた足で高宮の腹を蹴り上ける。顔をしかめながら倒れ込む高宮を前におれは必死で呼吸をととのえようとしていた。
「…逢坂、ごめん、俺、逢坂に……」
明日が最後。
おれの気持ちは、絶対に変わらない。
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