放課後の屋上で
003
水曜日。
おれは昨日来た時とはまるで違う気持ちで、屋上のコンクリートに下半身だけくっつけていた。おれのはやる好奇心は、一日たっても冷めることはなかった。
隣には、好奇の源である高宮がのんきな顔をして座っている。高宮は高宮で、この時間を楽しんでいるようだった。
おれはたわいない会話をよそおって、高宮を質問責めにした。でもそうしているうちに、高宮に対して新たな疑問が生まれてきた。
「高宮って、なんで友達作ろうとしないの?」
これが、高宮と放課後二日間話し込んだおれの、最大の謎。
「高宮、別に会話ベタじゃないし、高宮と話してておもしろいよ。それなのに全然打ち解けようって気がないし、高宮は中学の時からそんな感じなわけ?」
高宮はあぐらをかいていた足を、ゆっくり伸ばした。
「いや、中学では普通に友達はいたよ」
不思議とあまり驚かなかった。高宮の内面を少し知っていたおれには格別、驚愕の事実というわけではなかったのだ。
「じゃあなんで、クラスでは全然しゃべらないの?」
どうして高宮は今、友達を作ろうとしないのだろう。
おれが知る高宮は、明るく、魅力的な人物なのに。
「何で、って。逢坂は訊いてばかりだね」
どうやら高宮はおれの回りくどい質問責めに気がついていたようだ。しかし「俺を知れ」と言ったのは高宮だ。訊くことは悪いことではない。その証拠に、高宮はまったく意に介していない様子で微笑んでいた。
「探してるんだよ」
今までで一番澄み切った声で、高宮は言った。
「なにを?」
おれの質問には答えず、高宮がおれとの距離を詰めた。二人の肩は並んでいた。
「逢坂、知ってるか」
上を見上げおれを呼ぶ高宮の横顔は、とても綺麗だった。
「人ってのは、本当に信頼できる友達が、二人いればいいんだって」
「二人? なんで二人?」
おれが尋ねると、高宮は少し困ったようにはにかんだ。
「さぁ、それは俺にもわからない。なにせ人から聞いた話だから」
なぜこんな話を切り出したのだろう。おれは少し考えてから言った。
「もしかして、高宮は信頼できる友達を探してるの?」
高宮はあっさり首を振った。
「違うよ。そんなの、今の俺には必要ない」
意地を張ってるような高宮の口調に、なんだか心の中で微笑ましく思ってしまった。
「でも、おれちょっとわかるな、それ」
「え?」
おれはズボンについた小さな石や砂粒を手で払った。
「ようは親友が二人いればいいってことだろ。“二人だけ”っていうのは言い過ぎかもしれないけど、信頼できる人間が二人もいれば、それだけで心強い気がする」
おれの言葉に高宮は険しい表情で考えこんだ。
「…そうなのかな」
「まぁ、あくまでおれの考えだけど。高宮は、どう思ってんの?」
高宮はうーんとうなった。
「よくわからないけど、信頼できるってのは、自分も相手から信頼されてるってことだろ。 相手にとっても、自分はかけがえのない存在になるわけで…。それだけで、自分が生きる意味になるからじゃないかな」
高宮の考えは飲み込むまでやや時間がかかったが、新鮮だった。信頼しあえる仲間の存在が、自分が生きる意味になる、なんて。
いつも一緒にいる友達は絶対に言いそうにない言葉だ。
「でもさぁ」
しばらく考えてから、おれは高宮を見て切り出した。
「おれはそう思ってくれる人がたった一人でもいれば、生きようって気になるけど」
思ったことを言ったまでだったが、高宮は大きく目を見開いて、おれを視界の中心にいれた。
「……………」
「高宮?」
黙り込んでしまった高宮の唇が動き出すのを、おれは待っていた。だが高宮はおれの肩に手をのばし、優しく包み込むように抱きしめた。
「俺さ」
耳元でささやかれ、思わずゾクッとしてしまう。
「やっぱり、逢坂が好きだよ」
その言葉、もう何度目だろう。何度も飽きることなく言うんだ、高宮は。
おれからゆっくりと離れる高宮。彼の瞳が揺れて悲しそうに見えたのは、気のせいだったのだろうか。
「高宮って……」
「うん」
高宮は腕を肩に乗せたままおれを見つめた。
「もしかして、…親友とかいなかったタイプ?」
「…………鋭いね、逢坂は」
ずる賢そうな微笑みは、高宮がおれだけに見せる顔だった。
「俺は探してるんだよ。自分にとっての、かけがえのない存在を」
やっと高宮の答えが、聞けた気がした。
「で、見つかったの?」
高宮は歯を見せて、また楽しそうに笑った。
「と、思うよ」
この時、だんだんと傾く夕日を見ながら、高宮が何を考えていたのか。
それは、今でもわからない。
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