放課後の屋上で
002
次の日。
昨日の出来事は夢だったのではないかと思うくらい、高宮はいつもと何一つ変わらなかった。
なにかしらの変化があるだろうと思っていただけに、おれは肩透かしをくらった気分になった。
おれが高宮を周りにわからないよう盗み見ても、アイツはおれを見なかった。
窓際に座ったまま一日中だれとも話さず、普段と何も変わらない高宮だった。
放課後、とうとう昨日した約束の時間になったが、いざそのときがくるとそんなもの破って帰ってしまいたい衝動に駆られた。高宮に会うのが嫌だったわけじゃない。いや、まったく嫌ではないと言えば嘘になるが、それが本当の理由ではなかった。
そっけないヤツの態度に、気づかないうちにいらだっていたのかもしれない。
短い葛藤の末、結局おれは屋上のドアの前に立っていた。その時はすでに、高宮が来なくてもかまわない、むしろ来ない方がいいかもしれない、などと考えていた。
しかしドアを開けると、高宮はすでにそこにいた。
おれはびっくりして、そしてほんの少しだけ安心した。
「逢坂」
おれを呼んだ男は、四肢を伸ばして冷たいコンクリートに横たわっていた。クラスでは完全に無視だったくせに、おれの名前を簡単に呼ぶ高宮。見ていると無性に腹が立ってくる。
おれはこいつのせいで夜中にさんざん悩んだというのに。
「来たぞ、高宮」
できるだけ冷たく聞こえるように言ったつもりだったのだが、高宮が気分を害することはなかった。
「こっち来て」
少し命令口調で、でも子供が駄々をこねるように高宮がそう言い、寝そべっているコンクリートを叩く。
おれは大人しく従った。
初めて話す人が目の前にいれば、だれだって緊張する。会話がなくなり、気まずい雰囲気になってしまうこともある。
普通の人でさえそうなるのに、あんなに暗い高宮と果たして会話が続くのだろうか。
たがそんな心配はすぐに杞憂に変わった。
おれが高宮の横に腰を下ろした瞬間、高宮はいつもの人柄を忘れたように、ペラペラ話しだしたのだ。
「逢坂って、もしかして中学の時、サッカーしてた?」
「え、あ、うん。何でわかったの?」
「足がね、違うから」
「ふぅん。…もしかして、高宮もサッカーしてたとか?」
「そうだよ。一応レギュラーだった」
友達と話す時となんらかわりない会話。
高宮とすると、もどかしい気持ちになった。
「なぁ高宮」
おれは無理やり話を打ち切った。
「おれが好きって、昨日言ったよな。 あれって、本心?」
「うん」
高宮は寝そべったままおれを愛おしそうに見つめた。おれは顔の熱が頬に集まるのを感じたが、それは異性への意識からくるそれとは、違うものだということもわかっていた。
「なんで、おれが好きなの」
こんな野暮なこと、普通だったら絶対に訊かない。
ただ同性を好きになるという高宮の感情を、見てみたかった。
「ううん…なんでかなぁ」
じらしているのか。
高宮は眉間に皺をよせ、頭上に広がる空を見ていた。その中に答えがあるかのように、静かに浮かぶ雲を凝視する。
「理由ないの?」
ちょっと咎めるように訊いてみた。
高宮は困った様子もなく、あぐらをかいて座るおれを見た。
「しいて言えば…、優しそう、だから」
正直、少し驚いた。
おれは今まで自分のことを特別優しいなんて思ったことがなかったし、それを突然の告白の理由にしている人を見たのも初めてだったから。
「優しい」じゃなくて、
「優しそう」だなんて。
「あぁあと、魅力があったから、かな」
「どこに?」
すかさず訊いたおれに、高宮はまたしても愛おしそうな表情を作った。
「見た目」
それは顔やスタイルがいいという、ほめ言葉なのだろうが。自分に自信がないというわけではないが、どうも判然としない。そんなおれの気持ちを読み取ったのか、高宮が上半身だけ起き上がって、おれをまっすぐに見た。
「不満?」
「そういうわけじゃないけど」
本心をおしえてやると、高宮は嬉しそうにおれの体を軽く抱きしめ、おれが驚く前に離れた。
「俺、逢坂が好きだよ」
いま初めて告白しました、みたいな顔をして、高宮がおれにささやくように言った。
この時すでに、おれは「高宮秀一」という人間にひかれ初めていた。もちろん恋愛対象としてではない。いわば好奇心だ。今までまったく未知の存在だった高宮を、高宮の思考を、知りたいと思っているおれがいた。
この時のおれは、このどうしようもない気持ちをどうにかするために、高宮の気持ちを利用しようとしていたのだ。
今思えば、ここでやめておけば良かったのかもしれない。
好奇心は悪いことではないが、悪い事態を引き起こす可能性をじゅうぶんに秘めている。
それに気づけなかったおれは、まだ彼の心の奥底にあるものを、知らなかったのだろう。
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