放課後の屋上で
001
「俺、逢坂が好きだよ」
一年前の春。
おれはろくに話したことのないクラスメートから、唐突にそう言われた。
そいつのとつぜんの告白に、その時のおれは開いた口がふさがらなかった。なにせ相手は正真正銘、男だったのだから。
そいつの名前は、高宮秀一。
高校に入学してまだ2ヶ月程度。やっと顔と名前を覚えてきた頃だ。高宮のことだって、顔と名前以外、何も知らなかった。
高宮はいつもクラスで一人だった。見た目は決して陰気ではないし、どちらかというと女子に騒がれるタイプの人間だろう。だが話しかけても気のない返事しかせず、性格は驚くほど暗い。そのうち、だれも高宮に話しかけなくなった。
高宮は自ら壁を作り、自ら孤立していったのだ。
「は? 好き?」
仲の良い友達から言われる言葉であれば、まだわかる。だが相手は友達と呼ぶかどうかも疑わしい男。自分の耳を疑うしかなかった。
「好きって…どういう意味で?」
訊いてはみたが、意味はすでにわかっていた。ヤツの目が、ひしひしとおれに伝えていたのだから。
「恋愛感情」
ヤツの答えは、おれを裏切ることはなかった。
「高宮って…ホモ?」
高宮は顔色一つ変えない。それがなんだか癇に障った。
「いや、そういうわけじゃないけど」
そうサラリと答えられてしまう。初めてまともに聞く彼の声は、少し低めの色気がある声だった。
「じゃあ何で男に告白してるんだよ」
「それは、俺が逢坂を好きだから」
その言葉に、うんざりしてしまう自分がいた。このままでは堂々巡りだ。
「悪いけど、おれ、男は趣味じゃないから」
感情をこめず、そう言い捨てる。悲しい顔か、怒った顔をするかと思っていたが、驚いたことに高宮は少し微笑んでいた。
「うん、わかってる」
その笑顔に、おれはとても寒気がした。一応フラれたというのにまったく落ち込んでいない。むしろ喜んでいるようだ。なにかの罰ゲームなのかとも考えたが、高宮がそんな遊びをするはずがない。
「これは、ただの俺の自己満足だから。悔いが残らないようにしたかったんだ」
高宮はそう言って、まるで自分の存在を確かめるように体をこすった。
「もう、思い残すことはないよ」
独り言のようにそうつぶやいて、なんの未練もなく背を向け歩いていってしまう。意味深な高宮の言葉に、おれは彼を追いかけずにはいられなかった。
「待てよ高宮! 今のどういう意味だ」
彼がゆっくり振り向いた。とぼけたような顔。高宮の大きい目は、おれを映していた。
「意味って?」
「だから、今の『思い残すことがない』とかどーとか…、まるでお前がこれから自殺するみたいじゃないか」
少し怒りを含んだおれの言葉に、高宮はひどく悲しそうに笑った。
「自殺、ねぇ…」
「ねぇ…って、まさか本当に自殺しようってんじゃ…」
否定しようとしない高宮の肩を、おれは乱暴に掴み揺さぶった。自殺をほのめかすなんて、他のクラスメートなら笑って流せただろう。しかし高宮の今のあの状況を考えれば、ないとは言い切れない。
「なぁ、どうなんだよ」
答えようとしない高宮の肩をさらに激しく揺さぶり、ヤツの目を真っ直ぐにらんだ。
「さぁね」
曖昧に言葉を濁して、高宮は口角を上げた。笑っているつもりなら、失敗だった。
「さぁね、って…。まさかお前おれにフラれたからとかいう理由で死のうとか考えてんじゃないよな!? だってしょうがないだろ? おれ達は男同士だし、お互いのこと全然知らないし」
この状況では、高宮を受け入れる人間の方が少ないのは確かだ。そんな理由で自殺されても悲しむ前にあきれてしまう。
「なぁ高宮、おれ、このこと誰にもしゃべったりしないから、死ぬなんて言うなよ」
おれの懇願と説得が混じった言い方に、高宮はずるがしこそうに笑う。
「俺のこと、なにも知らないって?」
「え、あー…それはしょうがないだろ。高校入ってまだ2ヶ月だし、高宮以外のヤツのことだってまだよくわかんないよ」
おれのその言葉がネックだったのだろうか。でも、おれは事実を言ったまでだ。
おれはヤツのこと、何も知らない。
つい五分前まで、高宮が告白してくるなんて、夢にも思わなかったのだ。
「俺を知らないのが理由なら、俺を知ればいい」
高宮は声高らかにそう言い、おれの肩を優しく掴んだ。普段なかなかされることのないその行為に、思わず体がビクッとしてしまった。
「金曜日」
「え?」
ヤツの息がかかる。それほどまでに顔は近かった。
「今日は月曜日だ。だから今週の金曜日まで、毎日会おう。金曜日に、また返事を聞かせて欲しい」
「会うって…」
ただ会うだけなら、学校で毎日顔をあわせている。
「ここで、二人で」
二人きり。
「ここって…屋上?」
屋上はおれのお気に入りの場所だ。皆は鍵がかかっていると思い込んでいて上がってこないから、おれがなんとなく一人になりたい時に来る場所。
今だってせっかく一人で感傷的になる自分に酔っていたのに。高宮が入ってきた時は、心臓が飛び出るかと思うほどびっくりした。
「毎日、放課後。どう?」
その申し出を、おれは断ることが出来なかった。
もし断れば、高宮が本当に自殺するんじゃないかと、不安だったのだ。
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