台詞で20のお題B 09:「二度は言わんぞ」 「……時にナツキよ。 お主の人柄を見込んで、是非とも頼みたい事がある」 「はっ。何でしょう、将軍!」 赤い鎧に身を包んだ老戦士と、漆黒の髪の印象的な少年が居た。 元ディンガル帝国・朱雀将軍アンギルダンと、彼の元副将であり、今は剣聖として名を馳せる少年・ナツキである。 親子以上に歳の離れた二人であるが、共に数々の戦地を潜り抜けてきたよき戦友同士だ。 「ナツキよ、わしを将軍と呼ぶのはもう止さぬか。 朱雀将軍と呼ばれていたのも、もう昔の話じゃ」 「いえ、貴方は俺の憧れなのです。 例えその地位から離れても……俺はこれからも敬意を込めて、貴方を将軍と呼ばせて戴きます!」 「はっはっは……嬉しい事を言うてくれるわ!」 がしがし、とナツキの頭を撫でるアンギルダン。 腕力のある彼に思い切り頭を掻き回され、ナツキの表情が若干苦しげになるが――それでも憧れの将軍とのスキンシップに、嬉しさを隠せない様子だ。 「と、ところで将軍。俺に何か、頼みたい事があったのでは?」 「うむ、そうじゃった。 ……いいかナツキ、これからお主に頼むのは機密事項、超極秘任務じゃ」 「ちょ、超極秘任務……」 いつになく真剣なアンギルダンの様子に、ごくり、と生唾を飲み込むナツキ。 その表情には緊張の色が走っている。 「うむ。しかもこれは、お主にしか出来ない特別任務じゃ」 「俺にしか出来ない……そ、それは一体どんなものなのでしょう?」 国を揺るがすほど重要な機密書類の配達依頼か、はたまた闇の神器以上に危険な魔導器探索依頼か……さまざまな憶測がナツキの脳内を駆け巡る。 でも俺にしか出来ないってどういう事だろう?彼の眉間に一際深い皺が刻まれる。 「ちと耳を貸せ……いいか、二度は言わんぞ。よく聞くのじゃ」 「は、はいっ!!!」 ぼそぼそぼそぼそ…………。 「……………………ええぇぇっ!? いいい、今何て……?」 「二度は言わんと言ったはずじゃ。 ……つまりは、そういう事じゃ」 「…………ほ、本気なのですか将軍。 いくら貴方の頼みと言えども……お、俺には無理ですッ!」 「そんな事を言うでない、ナツキ。 無理という言葉は、可能性を檻に閉じ込めてしまうぞ」 「何どさくさに紛れてオルファウスさんの台詞取っちゃってるんですかぁぁぁッ!!! 駄目です、俺では力量不足です、ていうか勘弁して下さい!」 「……そんなつれない事を言うな、ナツキよ。 わしは悲しいぞ……」 「うっ……」 70歳男性に潤んだ瞳で見つめられて、つい怯んでしまう17歳少年。 こういうお願い事には弱いナツキである……そしてアンギルダンはそれを見越した上で、ナツキにこのような態度を取るのである。 ――かなりの確信犯だ。 「わわわ、分かりました。引き受けますッ!だからそんな目で見ないで下さい!!! でも、どうなっても知りませんからね!?」 「大丈夫じゃ。お主になら出来ると信じておる」 「あうううぅぅ……」 物凄い期待の眼差しで見送られ、しぶしぶ戦地に赴く事になったナツキであった。 そしてある意味、これが悲劇……いや、喜劇の始まりだったのかも知れない。 † † 「あら、ナツキさん」 アキュリュースの広場。 いつもと変わらぬ優しい笑顔でナツキを迎えたのは、水の巫女・イークレムン。 「や、やぁイークレムン。今日もいい天気だね」 「ええ、そうですね……本当、いいお天気」 「…………」 「…………」 「…………(って、和んでる場合じゃ無くてぇッ!)」 「? どうしたのですか、ナツキさん?」 「あ、いやそのあのね、うーんと……今日は、君に是非聞きたい事があって来たんだ」 「私に、聞きたい事ですか?」 何でしょう?とにこやかな様子のイークレムン。 ええいここまで来たらもう後には退けないッ!と覚悟を決めたナツキの表情は、まるで死地に赴く戦士のようで。 「…………あ、あの、イークレムンには、その……。 お、お付き合いしてる男性とかって、居たりするのかな……?」 ああもう本当こんな事聞いてごめぇぇぇんッ! そう言えたらどんなに良かった事か……しかしそうする事は許されない、他ならぬアンギルダンからの依頼がこれなのだから。 「わしの代わりに、娘にいい人が居るのかどうか聞いてきてくれ!」――本人に面と向かって聞けない、意外に繊細なアンギルダンの依頼……というか、お願い。 恋愛にはオクテで、こういった事が苦手なナツキにとって、これはかなり拷問に近かった訳だけれども。 「? お付き合いしている男性、ですか……?」 「そ、そう。差し支えなければ、教えて欲しいなー、なんて……」 意外に普通のリアクションだったイークレムン。 はらはらしながら彼女の答えを待つナツキ。お願いだから理由は聞かないで下さい、と内心拝み倒している。 「いいえ、そういったお方は、私には居ません」 「そ、そーなんだ……うん、ありがとう。 わざわざ手間取らせちゃってごめんね」 「いえ……それよりどうしたのですか、ナツキさん。 汗びっしょりですよ?もしかして、ここって暑かったりします?」 「うううん、だだだ大丈夫……! あ、ごめん、俺用事を思い出しちゃった! ばたばたしちゃって悪いけど、今日はここで帰らせてもらうね!」 「ええ、またいつでもいらして下さいね」 まるで敗残兵そのものだ……疲れきった様子でその場を一目散に逃げ出すナツキ。 一刻も早く、あの場から離れたかった――しばらくあそこには行けないよ、と内心叫びつつ。 「……うむ、そうか。よくぞやってくれた、ナツキ」 「は、はい……ありがとうございます」 どっと疲れきった風体のナツキに、満面の笑顔のアンギルダン。 愛娘に悪い虫(?)が付いていない事を知り、かなりご満悦な様子である。 「そうかそうか、しかしイークレムンも年頃の娘じゃ。 パートナーとなるべき、信頼できる若者を探してやりたいものじゃが……」 そこで、ちらりと視線がナツキの方に向けられる。 「……そうじゃ、わしとした事が何ということじゃ! 信頼が置けて、腕も立って人柄も良い、あの娘にぴったりな若者が一人居るではないか!!!」 「えっ、そんな男性が居るんですか! 将軍がそんなに絶賛する人……一体誰なんですか? 俺の知ってる人ですか?」 「ふむ……聞きたいか、ナツキよ」 「はいッ!将軍がそんなに気に入ってる人物なら、イークレムンとの仲を応援させて戴きますよ!」 「ふふふ……その言葉、忘れるでないぞ? ではナツキ、お主に娘の事は任せたぞ!!!」 「……………………はい?」 「イークレムンに相応しい若者と言えば、わしにはお主しか思いつかんのじゃ。 というかお主以外の男は認めん。という事でよろしく頼むぞ、ナツキ!」 「ままままま待ってください!何ですかその無茶苦茶な話はぁぁぁッ!」 「何じゃ、わしの娘では不満なのか?」 ぎろり、と睨みつけられ一瞬怯むナツキだったが。 「そ、そんなんじゃありません!イークレムンはとても魅力的で、素敵な女性だと思います!」 「なら何も問題はあるまいて。これでめでたく話はまとまったのう」 「パートナーになるとか言われれば話は別です〜ッ!」 「む。先程は応援すると、そう口にしておったではないか。 あの言葉は偽りだったと言うのかお主は?」 「そ、それは……! あああああやっぱり駄目ですッ!俺には他に好きな人が……!」 「何と!イークレムンよりそちらの女を選ぶというのかナツキ! くうっ、あの子を越える女子など他におりはせん!!!その女は一体誰なのじゃ!」 「うわぁぁぁ親馬鹿発言!!! って言うか内緒に決まってるじゃないですか!駄目です、絶対言いませんから!!!」 「ならばわしが当ててみせる!あのアイリーンとか言う娘か? それともロストールのアトレイア女王か、元玄武将軍ザギヴ殿か、はたまたリベルダムのクリュセイス嬢か、酒場のフェルムとかいう看板娘か……。 ああ挙げ始めたらキリが無いではないか!お主はやたらモテ過ぎなのじゃああぁぁッ!」 「!!!!? ちょ、訳の分からない事言い出さないで下さいよ! そそそそれに、彼女たちと俺は別に何でもないですから……!」 「む、その顔……先程の候補の中に本命が居ると見た。 彼女らに片っ端から会い、将来の息子に手を出すなと釘を刺しに行かねばッ!!!」 「おおおお願いだからそれだけは……ッ! わ!まさか本当にやる気なんですか!待ってください止めて下さぁぁぁいッ!!!」 そのまま勢い良く走り去って行ったアンギルダンを、ナツキも必死の形相で追いかける。 70歳とも思えぬその俊足……砂煙さえ巻き起こしそうなその勢いに、すれ違った人達が呆気に取られた表情で駆け行く後姿を見送る。 そしてそんな彼を追いかける少年の姿……その悲惨げな様子に、哀れみにも似た気持ちを人々は抱いたのだった―― ☆後書き☆ 王城主ナツキ・ヘタレ全開の巻。 もうちょっと要領が良ければ、こんな喜劇……もとい悲劇にならずに済んだものを(笑) [*前へ][次へ#] |