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Human Being(PJ)

*前サイトより再録。



「ジェイドー」
「……」
静かな室内でカリカリと書き進むペンの音が響く。
机に向かう彼はそれ以外のものは一切気にしないといったように一心不乱に手を動かしている。
「なぁ。メイドの前で抱きついたこと、まだ怒ってんのか?」
情けない声を出す金髪のこの男は、仮にも皇帝だというのに一介の大佐の部屋によく遊びに来る。
それもわざわざ警備兵の目を潜り抜けてお忍びで来るのだ。
「別に、私は何も怒ってなどいませんが?」
やっと声を出した彼――ジェイド・カーティス大佐は、書類から目を離さないままだ。
明日のセントビナーへの出発に備え溜まりに溜まった仕事を少しでも減らすため、時間はいくらあっても足りなかった。
「じゃ、何で俺の方見ないんだ?」
不敵な笑みを浮かべてピオニーは座っていた場所を机の前に移動した。
下から覗き込むようにしたが、ジェイドは相変わらず紙きれを睨んでいて彼には面白くない。
「とりゃっ」
何も答えない相手に痺れを切らして、とうとうその書類を取り上げてしまった。
反射的に顔を上げて相手が声を出そうとした瞬間、ピオニーはその言葉を封じるように口を塞いだ。
「……っ!」
どん、といささか強く突き飛ばされたが、予想の範疇だったようでピオニーの体はびくともしない。
その余裕の表情にジェイドは眉を吊り上げた。
「仕事の邪魔をしないで頂けますか?さっさとその書類を返して下さい。」
「久々に帰って来たっていうのに、こんな報告書なんて急ぐことないだろ。最終的には内容を知ってる俺の所に回ってくるしな。」
言葉でいうより早いと実力行使で書類を奪い返そうとするジェイドにいち早く気づくと、素早く後ろに下がって防ぐ。
溜め息が癖になっている部下を少しは気遣って欲しいものだと彼は心の中で毒づいた。
「陛下。」
軽く睨みつけるとピオニーは肩を竦めてジェイドのいる側に回って書類を机に置く。
どうやら諦めてくれたらしい。
「何、してるんですか。」
ジェイドの声が掠れる。
いつもとは違う抱きしめ方に、戸惑いを隠せない。
まるで母に縋る子のようだ。
「帰ってきて……安心した。」
ピオニーの声もまた、違う理由で掠れていた。
抱きしめる体は微かに震えていて別人を見ているようだった。
「今、貴方の腕の中にいるじゃないですか。」
なだめるように、柔らかい声音で語りかける。
腕の間を抜け出した右手でゆっくりとその髪を指で梳く。
ただの一本も彼の指を拒まずにさらさらと金に光るそれを、素直に綺麗で美しいと思った。
「お前は!――お前は、一度でも待っている者の気持ちを考えたことがあるのか?アクゼリュス崩落の報告を聞いた時の心情を!」
直視した瞳に涙など浮かんではいない。
けれどジェイドには痛いほど心の叫びが伝わってきていた。
答えることはできない。
それは彼が上に立つ者である以上仕方のないこと。
軍人は駒でなければならない。

沈黙が続いた。
抱きしめ返すこともできず、時間が経つ。
しかし先に動いたのはピオニーの方だった。
「悪かった。どうかしていたな」
ふらふらときつく締めていた腕を外すと、瞳を伏せて部屋から出て行こうとする。
ここに至って、ジェイドも人間であることを捨て去るのは不可能だった。
「貴方は悪くない。悪いのは私です。」
「なっ」
一体何を言い出したのかとピオニーが振り返る。
だが気にせずに続けながらゆっくりと彼の方に近づく。
「さっきの質問にカーティス大佐としては答えることはできません。ですが、私自身の答えとして聞いて下さい。」
真剣に見つめると、彼は今度こそ口を挟まなかった。
「貴方を私などのことで片時でも思い悩ませてしまって……」
ジェイドの言葉はそこで途切れた。
ピオニーが止めたのだ。
「俺は、いつでもお前の事で思い悩んでいる。だからもう、気にしなくていい。」
一瞬の内に、ジェイドは呆れたように彼を見た。しかしすぐに微笑を浮かべて唇に当てられた指を引き手の甲をさらけ出すと、女帝にするように姿勢を低くして口付けた。
「只今帰りました、ピオニー陛下。」
「ご苦労。……だが」
ピオニーは素早くジェイドの腰を引き寄せると、髪にキスしながら言った。
「この場で陛下は余計だ。」
「これはとんだご無礼を。」
微笑んだ姿に目を奪われながらも、ピオニーは目の前にある眼鏡を手馴れた手つきで外した。
ジェイドも抵抗せずにそれが机に置かれるのを横目で見る。
「ジェイド」
熱に浮かされた瞳で自分の名を呟いている。
何という心地の良さだろう。

互いに回した腕で更に二人の間が縮まる。
次第に降りてくる唇に甘さを感じた時には、既に思考能力など低下してしまっていた。




Fin.


2009/09/03 加筆修正済



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