二次小説(うたプリ) わたしと、まさかのできごと。 そして翌日。 学校で、まさかの出来事が起こった。 Sクラスで朝のSHRの時間に教卓に立ったのが、いつもの先生ではなかった。 いや、そこまでなら“まさか”ではない。 “まさか”なのは、いつもの先生の代わりに教卓に立った人物だ。 「1‐S担任の先生が急病になったため、先生不在の間にこのクラスの担任になる、臨時講師の神宮寺レンです。よろしく、子羊ちゃんたち」 ウインク付きでそう言う人物は、トキヤと翔がとてもとてもよく知っている隣人。 ……何故かいつも下ろしている髪をくくっていて、眼鏡をかけていて、スーツを少し崩して着ていて、教師が立つはずの教卓に立っているが。 (な、何でレンが学校にいんだよ!!?) (知りませんよ!) 隣の翔と小声で会話をする。周りは女子がさっきから黄色い歓声を上げているので、この会話は互い以外に聞こえないだろう。すると、教卓に立っているレンと目が合った。トキヤが目を逸らせずに動揺していると、レンは小さく笑ってから―――チョークを投げてきた。 「いだっ!?」 そのチョークは見事にすぐ隣の翔の額にヒットした。さすがダーツサークルのリーダーなだけはある。 額を手で抑えて恨めしげに睨む翔に、レンはニコッと笑う。 「はい来栖くんと一ノ瀬くん、俺の自己紹介中に私語を慎まなかった罸として後で視聴覚室に来ること。いいね?」 「な……っ、おま、レン! ふざけん…いだっ!?」 チョーク二発目も翔の額にヒットした。 「来栖くん、先生にはタメ口禁止。あ、でも子羊ちゃんたちなら大歓迎。『レン』って読んでくれて構わないからね」 またもや黄色い歓声が上がる。煩い。 そして差別だ。こういうフェミニストは先生になってはいけないということを身を持って知らされた。 この不測の事態に戸惑いを隠せなかったトキヤと翔は、とりあえずSHR後に視聴覚室へと行った。 ☆☆☆ この学校の視聴覚室は、校舎の一番端にある。滅多に使わないこの教室は、主に先生の呼び出しを食らう生徒が連れてこられる場所と化している。 トキヤと翔は雑談をしながら歩き、視聴覚室のドアを開けた。すると。 「あっ、トキヤだー!!」 「わあ、翔ちゃーん!!」 トキヤには音也、翔には那月が抱きついてきた。トキヤは音也と体格差がないため踏みとどまることができたが、身長が25cmも違う那月に勢いよく抱きつかれた翔はそのまま廊下に押し倒されてしまっていた。 「翔、大丈夫ですかっ? 音也、離しなさい! ハウス!」 「トキヤ、俺犬じゃないよ、狐だよ? 狐は犬の仲間じゃないよ?」 「至近距離で憐れみの目を向けないでくださいっ! だいたい、あなたではあるまいし、そんなことぐらいわかって……っ!」 そこまで口走って、トキヤはいつもの悪態をついてしまったことに気づき、言葉を止めた。 すると、トキヤは再び音也にぎゅっと抱きしめられた。先ほど抱きついてきたときより、弱く、まるで宝物を抱くように。 「うん。知ってるよ。俺が馬鹿なことも、トキヤがとっても頭良いことも、悪態をつきたくないのについちゃうのも」 トキヤが悪態をついて勝手に自分で傷つく度に、音也はトキヤを優しく抱きしめてくれる。その優しさに、何度救われただろうか。 「音也……」 「………ラブラブオーラ全開のところ大変申し訳ないんだけどさ、お二人さん」 「なななななんですか翔!?」 ちっとも申し訳なく思っていない声で発せられたその台詞に、トキヤは顔を真っ赤にして、慌てて音也を突き飛ばした。 音也が不満そうに顔をしかめたのが視界の端に見えたが、無視して翔の方を向く。 床に押し倒された翔は、那月に覆い被さられるように抱きつかれていた。その顔は何もかもを諦めきったような顔だった。 「助けてくんない? 俺怒りの余りコイツのしっぽむしっちゃうかもしんねーから」 よく見ると、那月には狼のしっぽがあった。頭には獣耳もある。余程翔に会いたかったのだろう。 翔を那月から引き離そうと立ち上がった瞬間、ひやりとした殺気を肌で感じた。 振り向くと、殺気の持ち主である砂月がこちらを軽く睨んでいる。 作曲でもしていたのか、椅子に座って五線譜とペンを持っていた。 「なんですか、砂月さん。八つ当たりはやめてください」 「……なんで八つ当たりだと思うんだよ。俺の言いたいことは一つ。那月の邪魔すんな、それだけだ」 「八つ当たりも入ってるでしょう。あなたは那月さんみたいに素直に甘えることができませんからね」 「……黙れ」 図星だったのだろう、拗ねたように顔を背けて言ったその声には、珍しく覇気がなかった。 トキヤは翔たちに近づくと、躊躇いなしに那月から翔を引き離す。 「……っと、トキヤ、さんきゅー」 「あなたが助けを請うから仕方なくやったんです。礼などいりません」 「はいはい、ありがとな」 翔はトキヤの悪態が本心からではないと知っているからか、再び笑顔で礼を述べた。 「う〜、もっとぎゅっとしたかったなぁ」 那月は残念そうに呟いて立ち上がった。そんな彼を指さして、翔は叱る。 「これ以上強く抱きつかれたら窒息で死ぬからやめろ! 手加減を覚えろ!」 「おいチビ、俺たちのSSのくせに主を叱るな。お仕置きされたいのか?」 「四ノ宮、待て」 「はーい、いちゃつくのはそこまでだよ」 パンパン、と手を叩く音で、部屋に沈黙が落ちた。のんきな声と共に現れた人物に、自然と視線が集まる。 「真斗!?」 「レン!?」 翔と音也の声が見事に被った。トキヤも翔同様レンと共に現れた真斗に驚いたが、叫びはしなかった。音也同様レンの登場を予想していなかった四ノ宮の双子たちも同じだった。 「……さて、皆すごく不思議そうな顔してるね。まあ、当然だとは思うけど」 「これには訳があるのだ。まあ、座ってくれ」 真斗の言葉に従って円を描くように座ると、早速真斗が口を開いた。 「率直に言うと、俺とコイツは七海の命令でここに来た」 「七海さんの?」 「ああ。どうやら、“視た”らしい。今度の学園祭で、妖怪たちが暴れ、多大な被害を被る光景を」 妖館の主であり1号室の住人である春歌は、百目の先祖返りだ。彼女は透視能力の他に未来も過去も見えるらしい。しかし、好きな時に好きなものを見るのには大きな負担があるらしく、偶然見たもの以外は未来のことを彼女から聞いたことはない。きっと今回は偶然見えたものなのだろう。 トキヤは真斗が告げた内容に、顔をしかめた。 「学園祭が行われるのは日中ですよ? 妖怪が主に活動するのは日が沈んでいる間。現れはしても、暴れるなんてことは考えられません」 「いやいや、イッチー。それは純血妖怪の場合だ。……先祖返りの仕業かもしれない、ってことさ」 トキヤはレンの言葉ではっと気づいた。先祖返りの家は繁栄する。だが、商業で繁栄する家もあれば、裏の仕事を請け負うことで繁栄する家もある。妖館にいる先祖返りたちは皆商業で繁栄した家の出身だから忘れがちだが、そういう『悪い』先祖返りもいるのだ。 「だけどさ、この学園が狙われる意味がわかんないじゃん。ここって、そんな悪い学園じゃないし」 「そーだね。生徒にも悪い人が……まあ一人ぐらいいるかもしれないけど、そんなにたくさんはいないはずだよ」 翔と音也が珍しく正論を言う。確かに、何故この学園を狙うのかがわからない。 しかし、レンは肩を竦めるだけだった。 「さあ? 目的はレディでもわからなかったらしい。でも、襲撃されるのが事実なのは変わりないからね。ということで、学園祭当日はレディの指示通り、三組に分かれて学園中を捜索、そして見つけ次第退治することになる。ペアは俺とおチビちゃん、真斗とイッチー、シノミーたちとイッキだ」 「ええっ!? 俺トキヤとじゃないの!?」 「僕たちは翔ちゃんと一緒がいいです!」 「なんで俺たちがチビと一緒じゃないんだ。訳わかんねぇ」 真っ先に音也、那月、砂月が不満の声を上げた。しかし、その不満も最もで、トキヤも違和感を感じた。 普通、チームを組むときは主人とSSの組み合わせがほとんどだ。というか、その組み合わせの方が一番息が合い、戦力のバランスも良い。なのに、この不自然な組み合わせは何なのだろう。 組み合わせについて考えていたトキヤは、翔が珍しく反論せずにレンとアイコンタクトをとっていたことに気づかなかった。 「不満は、分かる。俺も何故コイツと一緒でないのか甚だ疑問だ」 「だけど、これは百目のレディの指示だ。従うしかないだろう?」 人間の世界でも妖怪の世界でも高い地位にいる春歌の指示には、レンの言う通り“従う”以外の選択肢がない。 「だから、皆シフト調整よろしく。ちゃんとペア以外と被んないようにしてよ?」 「…………はーい」 「…………残念です……翔ちゃん……」 「ちっ」 レンの言葉に、Aクラスの面々は不満そうに了承した。そんな彼らに翔は軽く言葉をかける。 「お前ら、そんな落ち込むなよ。たった1日の辛抱だろ? まあ、俺はレンとなら息ぴったりだから不満はないけどさ」 そう言って翔は拳でレンの胸を軽く叩いた。それに答えるようにレンは笑う。 「嬉しいこと言ってくれるね、おチビちゃん」 「さっきからチビ言うな」 ……そんなに仲よく会話を交わさないでほしい。 トキヤは近くから発せられた二つの殺気に事情を悟り、心底そう思った。 しかし、翔たちは殺気に気づかずに親しげに会話を進めている。 「まあ確かに、おチビの欠点は俺の得意分野だしね。逆に俺の欠点はおチビの得意分野。バランス型のペアだね」 「だな。妖怪なんかあっという間に捕まえてやるよ」 「あ? 何言ってんだチビ。俺と那月のペアが最強に決まってんだろ?」 「そっちより俺らの方がバランス良いんだよ」 「翔、見事にレンの台詞パクったね」 「パクった言うな!」 音也と那月、砂月は不満があるらしいが、ひとまずレンの言うことに従うことにしたようだ。 あまり長くいると不自然に思われるだろうということで、とりあえずその場は解散となった。 ☆☆☆ 「レン、事情を話せ。そうじゃなきゃ、俺は春歌の命令に逆らってでも那月と砂月の傍を離れないぞ」 音也とトキヤ、那月と砂月、真斗が部屋を出て、続いて出ようとしたレンに、翔は声をかけた。 翔の淡々としたその声に、レンは足を止めて振り返る。 「相変わらず、あの双子が大好きなんだね、翔」 からかうようなその台詞に、翔は拗ねたように顔を背ける。 「当たり前だろ。てか、はぐらかすんじゃねーよ。どういうつもりだ? あの組み合わせ」 「……昔のおチビなら素直に騙されてただろうに」 「前世の記憶持ちに素直さなんて期待すんな」 先祖返りたちの中には、稀に前世の記憶を持って生まれてくる者がいる。翔とレンも、前世の記憶を持っていた。春歌も前世の記憶を持っているが、百目の先祖返りは必ず前世までの記憶を持っているため例外だ。 前世では、翔もレンも、今と同じく妖館の住人だった。ちなみに、今の妖館の住人たちの前世も、そのとき妖館にいた。今と違うのは、年齢差と……他の住人たちとの関係性くらいだろう。 「で、さっさと理由言えよ」 わざとらしくため息をついたレンを、翔は急かす。レンは肩を竦めて、話し始めた。 「はいはい。……レディが視たのは、さっき話した内容だけじゃない。俺たちに関わるものもあったのさ」 「……どんな?」 「俺が剣で貫かれて、おチビが斬られて、どっちも大量出血で死ぬっていうもの」 翔の顔から感情が抜け落ちた。そして、己の主には一度も見せたことのない冷たい顔で舌打ちする。 「……それで、あの組み合わせか」 「まあでも、俺たちのその最悪な未来は、学園祭で起こるとは限らないけどね」 「は?」 「学園祭がめちゃくちゃになる場面の次に視たものらしいから、学園祭で起こる確率はちょっと高いけど、学園祭で必ず、ってわけじゃない。でも、用心に越したことはないだろう?」 「ああ。……もう、自分のせいであいつらを死なせるのはゴメンだからな」 翔は目を閉じる。瞼の裏に浮かぶのは、前世の記憶。自分の前で、愛しい人たちが死んでいく姿。 「……おせっかいかもしれないけど、おチビはシノミーたちの気持ちに気づいているんだろう?」 「まあな」 「おチビはそんなにシノミーたちを想っているのに、どうして頑なにシノミーたちの気持ちを認めようとしないんだい?」 翔は答えなかった。レンはそんな翔にため息をつく。 「オタク化したのは……まあともかく、砂那とか那砂とか言ってるのは、シノミーたちに愛する人を作って欲しくないから。自分が愛されることが許されないなら、せめて他人を愛さないで欲しい、双子の兄弟だけを愛して欲しいっていう願望の現れ。違う?」 レンの容赦なく図星をついてくる台詞に、翔は顔を少し赤くしてレンを睨む。だが、レンは言葉を止めなかった。 「証拠に、おチビはシノミーたちと他の男とで想像する発言をしたことがないよね。それはそうだ。想像なんてしたくもないんだから」 「……だったら何だよ。別に無理して同性愛好きって言ってるわけじゃない。もう趣味だからな、妄想。大体、あいつらの好意をかわすのにはこんくらいしないと駄目だろ」 その言葉に嘘はないが、一番の本音でもないことをレンは悟る。本当は、辛いのを紛らわすためなのだ。好きなのに、気持ちを言ってはいけない。彼らは彼らで、翔以外を好きになるかも(それは絶対ありえないとレンは思う)しれない。それは、元々真っ直ぐで純粋な翔にとって苦痛な事実でしかない。翔は、他人に弱音を吐くことを良しとしないから、そういう方向に行ってしまったのだろう。 そこまで考えたレンは、肩を竦める。 結局、人間誰でも本質は変わらないのだ。 「正解でもなく、間違いでもないけどね。というか、本当に変わったよね……昔のおチビがまとも過ぎて懐かしい」 昔、翔は本当にまともだった。少なくとも「黒髪のアイツは受けで、金髪のアイツは攻めだな。でも、リバも俺的にはあり……」と、嬉々して語るような子ではなかった。うん。 大袈裟にため息をついてみせるレンに、翔はふんと鼻を鳴らす。 「うっさい。トキヤのことを諦めたとか言う割にはずーっと気にして、音也には嫉妬じみたちょっかいかけてるお前に言われたくない」 「………本当に可愛くなくなったよね」 「褒め言葉サンキュー」 「褒めてないから」 二人はしばらく睨み合った後、どちらからもなく笑い出した。 結局二人とも、前世から何も変わっていないのだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |