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二次小説(うたプリ)
わたしと、ゆううつ。
 東京のあるところに、広く綺麗な庭園を持つマンションが建っている。

 そこは通称「妖館(あやかしかん)」。

 正式名はメゾン・ド・章樫(あやかし)。

 一世帯につき一人のSS(シークレットサービス)が付く、最強のセキュリティを誇る最高級マンションだ。ちなみにSSとはボディーガードの事である。

 ここは厳しい審査をクリアした、選ばれた人間しか入れない。その内容は、高額な家賃を払う能力・家柄・経歴、というのが“表向き”の条件。

 本当の条件は、「先祖返りの人間」。先祖返りとは、先祖に妖怪と交わった者がいた、純血の妖怪に狙われやすい半妖半人のような人間のことだ。もちろんSSも全員先祖返りである。

 そんな妖館の1号室に住む一ノ瀬トキヤは、早乙女学園高等部1‐Sの教室でため息をついた。

「どーしたトキヤ、今朝のアレ、そんなに疲れたか?」

 隣の席に座る翔が、今日の小テストの勉強をしながら声をかけてきた。
 今朝のアレ、とは、またもや人間が侵入してきたため撃退したことだろう。
 トキヤは首を横に振る。

「いえ、そういうわけでは」

「じゃあ何かあった?」

「……特に何も」

「ふーん。まあ、何かあったら言えよ。俺にできることなら助けてやるからさ」

 そう言って屈託なく笑う彼は、果たしてトキヤが嘘をついていることに気づいているのだろうか。いや、気づいていないだろう。自分のSSと同じくらいに純真な彼は、人の言葉をすぐに信じる。そして嘘は言わない。

「……ありがとうございます」

 トキヤがため息をついた理由、それは音也のことだ。
 ―――この頃、音也の様子がおかしい。
 トキヤを盲信的に慕うところも、トキヤの悪態を笑顔で受け止めてくれるところも、戦いが大好きなところも、自分に素直なところも全く変わっていないが、たまに違和感を感じる。
 例えば今朝。いつものように忠誠の口づけをするのかと思えば、手首にまで口づけた。しかもその時の音也の雰囲気は、いつもの忠犬のようなものとは全く違う―――獲物を見るような鋭い雰囲気だった。
 その後音也は通常に戻ったが、その笑顔が崩れることが多々あった。

(……音也、悩み事があるんでしょうか)

 いくら純真で鈍感で楽観的な馬鹿とはいえ、音也だって人間だ。悩みくらいあるだろう。
 主として、悩みを聞いてやるのも悪くない。

(帰宅はいつも二人きりですし、そのときに聞いてみましょう)

「……キヤ、トキヤ!」

 肩を揺すられ、我に帰る。顔を上げると、翔の心配そうな顔が視界に入った。

「大丈夫か?」

「ええ。少し、考え事をしていました。すみません」

「あっそ。あのさ、学園祭の出し物なんだけどさ」

 早乙女学園では11月に学園祭が開かれる。生徒はクラスか部活かどちらかの出し物をやることになっているが、トキヤは部活に所属していないため、クラスの出し物をやることが決定している。

 翔も同じく部活無所属のため、クラスの出し物をやることになっている。

「トキヤはさ、コスプレ喫茶とお化け屋敷、どっちがいい?」

「………………は?」

 トキヤは思わず間抜けな声を上げて彼を見た。

「……なんですかその選択肢は」

「だから、コスプレ喫茶とお化け屋敷どっちをやるかって聞いてんの。話聞いてたか?」

 そう言って翔が指さす先の黒板には『クラスの出し物 @コスプレ喫茶 Aお化け屋敷』と書いてあった。
 そういえば、今の時間は学園祭準備に当てられているのだった。すっかり忘れていた。

「えっと……無難にお化け屋敷じゃないですか?」

「だよな〜。おーい! やっぱりお化け屋敷だろ! コスプレ喫茶なんて男がやったら気持ち悪いだけじゃねえか」

 クラス委員に大きな声で翔はそう意見した。しかし、その言葉に数人、いや十数人の女子生徒が立ち上がる。

「何言ってるの翔くん! 翔くんがコスプレするだけで学園一番の売り上げが手に入ること間違いなしよ!」

「そうよ! 翔くんならメイドも獣耳もロリータもなんでも似合うわ絶対!」

「俺かよ!? てかなんで断言できんだよ!? しかも女物ばっかなんだよ!?」

「翔、頑張ってください」

「トキヤも他人事だからって軽く言うな!」

 相変わらずのツッコミにトキヤはくすっと笑う。確かにトキヤにとっては他人事だ。なぜならトキヤにコスプレをさせたいと思うような人間はいないはずで、得意分野の料理を担当するというのが自然な流れだろうと考えたからだ。料理担当ならば、コスプレをすることはない。

「他人事ですから仕方ないでしょう?」

「え、何言ってるんだ一ノ瀬。全員コスプレするんだぞ」

「……………はい?」

 クラス委員の男子の言葉に、トキヤは本日二回目の間抜けな声を上げた。
 そんなトキヤに翔がため息をつく。

「マジで話聞いてなかったんだな、トキヤ。今年、食べ物は作っちゃいけないらしい。だから、みんなウェイターに回ることになった」

「……何故、ですか?」

「去年の学園祭で病人が出ただろ? あれ、どうやら出店の料理が原因だったらしくてさ。だから今年は自分たちで作った料理を客に出しちゃ駄目なんだと。てなわけで、ずっと厨房にいるとかはなし。つまり、皆コスプレするってこと」

 そういえば、そんな記事が学園新聞の一面を飾っていた気がする。

「……翔ならともかく、私のような男らしい体格と容姿の者がコスプレしても気持ち悪いだけですよ」

「おいそれは嫌味か嫌味だよな?」

「大丈夫だよ! 一ノ瀬くんならなんでも似合うって! むしろ着せたい!」

「来栖くんが可愛い系なら一ノ瀬くんは美しい系だからね〜。着物とか似合いそう」

「いやいや、ここはナース服とか警官服とかでしょ」

 ……恐ろしい会話が女子の間で繰り広げられている。
 もうこの計画を止めるのは無理だということを悟ったトキヤはしばらく目を閉じて思考を整理したあと、翔を見た。

「翔」

「ん?」

「何が何でもお化け屋敷にしますよ。コスプレは絶対やりません」

「おう!」


 ―――しかし、あまりにも女子の押しが強かったため、結局クラスの出し物はコスプレ喫茶になったのだった。


 ☆☆☆


「へー、イッチーとおチビちゃんのクラスはコスプレ喫茶なんだ。……それは、まあ、ご愁傷様」

 その日の夜。
 トキヤは妖館のラウンジで夕食をとっていた。
 他にも、1号室の住人とSS(七海と渋谷)以外の住人とSSがラウンジで夕食をとっている。
 哀れみを含んだ顔でそう言ったレンに、トキヤは内心で何度も頷く。

「だろ? ったく、あいつら特に俺とトキヤに力入れてるからな……どんな格好させられるか……きっと女物だろうけど……」

 那月と砂月のカップに紅茶を淹れながら、翔がため息をついた。心なしか顔色が悪く見える。それはそうだろう。彼は、誰より男らしくいることに執着しているのだから。

「でもトキヤのコスプレ、見てみたいなー、俺」

「………お・と・や?」

 傍に立つ赤髪のSSをじろりと睨むが、彼は笑顔をまったく崩さずに語りだした。

「だってだって、こんなに綺麗で可愛くてカッコいいトキヤだよ? いろんな服装が絶対似合うと思うんだよね。男物なら軍服とか似合いそう! 女物だったらナース服とか着物とか? トキヤなら浴衣美人に絶対なれるって〜」

「………一ノ瀬、顔色が来栖並みに悪いが大丈夫か?」

「………はい、まあ、なんとか」

 クラスの女子たちと同じ持論を語る音也を横目に見て、トキヤは額に手を当てる。未だにこの盲目過ぎる評価にはついていけない。
 それにしても。

(いつもと変わりませんね。……私の気のせいだったのでしょうか)

 トキヤが気にし過ぎだったのかもしれない。

「女装、ねぇ……嫌な思い出しかないな」

 遠い目をして呟くレンに、翔が目を丸くする。

「え、レン、女装したことあんの?」

「思い出したくもない……」

「俺たちが高等部にいた時に、クラスで中華喫茶をしたのだ。そのときにコイツはチャイナドレスを着て接待していた」

 真斗の昔を懐かしむようなその言葉に、翔はティーポット(金属製)を落とし、砂月は顔を気持ち悪そうにしかめ、トキヤは飲んでいた味噌汁を吹き出した。ごほっげほっと噎せるトキヤの背中を音也がさすってくれる。

「……真斗。俺は『言っていい』とは言ってないよ?」

「『言うな』と言われてはいないからな」

 二人の間に火花が散る。
 先に目を逸らしたのはレンだった。

「というか、イッチーとおチビちゃんとブラックの反応酷くない? 俺結構傷ついたよ?」

 肩を竦めて食事を再開したレンは、まったく傷ついたようには見えない。むしろ、三人の反応を面白がっているように見える。

「だ、だってレンがチャイナドレスとか……ないわ」

「想像しただけで吐き気がする。想像もしたくねぇ」

「まずレンにそのチャイナドレスという単語が合いません」

「酷い言われようだね」

 三人の台詞に苦笑を浮かべて普段通りに食事をするレンには、なんというか、大人特有の余裕があった。

「そういえば、Aクラスの出し物は何に決まったんだ?」

 翔の疑問に答えたのは、えへへっと可愛く笑った音也だった。

「うちはね、『シンデレラと二人の王子』の劇だよ」

「なんじゃそりゃ」

「シンデレラの劇を普通にするんじゃ面白くないじゃん? だから、今回は姫も男にして、王子を二人にしたんだ。ストーリーはネタバレになるから言わないけど、姫は俺で王子は那月と砂月だよ!」

「へえ、面白いね」

「那音、砂音……いや、那砂音か。3Pか。新境地だけど……まあ考えられないこともないか……」

「なんか翔がコワイ。あ、シンデレラって言ってもあくまでラブコメだから。むしろコメディ色強いし」

「だろうね」

「ま、詳しいことは決まってないんだけど、きっと楽しいと思うよ!」

 笑顔でそう言い切る彼に、トキヤは頭を抱えたくなった。
 楽観的過ぎるのも考えものだ。

「それさ、男女や女子同士はともかく、男子同士はキツいんじゃないか?」

 レンが常識的な疑問を口にした。
 確かに、男女や女子同士なら盛り上がるだろうが、男子同士でラブストーリーというのは……少し、抵抗があるだろう。

「大丈夫大丈夫」

「何を根拠に」

 音也が笑顔で自信ありげに言うのを呆れた目で見てそう言うと、彼は即答した。

「お祭りだから」

(((バカだ……)))

 音也と那月以外のその場にいる全員が心の中でそう思った。




 そんな会話を交わしていたトキヤたちの元に友千香が駆け込んで来たのは、数分後のことだった。

「神宮寺さん、まさやん、ちょっといいっ?」

 常に余裕がある彼女にしては珍しく顔色が悪かった。だが、その切羽詰まった様子に何も聞けず、彼女はレンと真斗を連れてラウンジを出ていってしまった。

「……何があったんだ?」

「さあ……」

 トキヤと翔は揃って首を傾げた。
 ちなみに、その隣では。

「そんなことより、コスプレは絶対浴衣だよ! トキヤは正統派の浴衣で、翔は今風のロリータっぽい浴衣!」

「いえ、翔ちゃんは絶対ネコミミメイドさんです! ねえさっちゃん!?」

「脱がせやすいなら何でもいい」

「黙れそこの三人!」

 Aクラスの三人がトキヤと翔に何を着せるか討論していたのだが、それはまあ、置いておく。

 その後、レンと真斗の姿はまったく見ることがなかった。



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