猿飛佐助
考えてみなかったわけではない。
彼らだって、見ず知らずの女の世話になるよりも野宿したほうが気楽だろう。
ただ、それが可能かどうか、いつまでならそうしてやっていけるかどうかとなると、実現性は低いのではないかと思われた。
──恐らく、佐助一人で生きていくなら問題はない。
手段をいとわない彼のこと、金や食べ物を盗んだりすれば、とりあえず生きていく事ぐらいは出来るだろう。
事実、平和に見えるこの日本にもそういった人間は存在している。
しかしそれは犯罪だ。
幸村がそれをよしとするとは到底思えない。
「幸村さんは頭の中身がない馬鹿というわけじゃないでしょう。ああ見えて結構しっかりしているし、特に身近な人間に対しては勘も働くはずです。いつまでも罪を隠して養っていくのは難しいでしょうね」
「…天音ちゃんてさ、実は凄く怖い女だよね」
作り物の笑顔を消した佐助が低い声で言った。
「計算してないようで計算してる。あの軍師の旦那よりもよっぽどタチが悪いよ」
でも、と続けた佐助の顔には、たぶん初めて見る本当の笑みが浮かんでいた。
「でも、嫌いじゃない。むしろ目的がはっきりしてる分、単なる考え無しのお人好しよりは信用出来るかもね」
「私も嫌いじゃないですよ、佐助さんみたいな人」
「佐助でいいよ。なんかムズムズして嫌なんだよね、天音ちゃんに丁寧な言葉遣いされると。違和感ありまくりでさ。すごく気持ち悪い」
「じゃあ、佐助。あのね、人間の本質というか、闇の部分はこの世界もそんなに変わらないよ」
「闇……」
「うん。忍はたぶんいなくなっちゃったけど、忍がやってた仕事は、それぞれ違う職業として今でも行われてる。競合相手や敵の情報を探って出し抜きたい、邪魔な奴を密かに葬りたい…そういう欲望は人間である限り、絶対になくならないと思う」
「……そうかもね。──って、なにそれもしかして慰めてる?」
「え?慰められたかったの?」
天音は笑って洗い物を続けた。
やれやれとため息をついた佐助も、何事も無かったかのように洗い終えた皿を拭き続けた。
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