短編
魔王の何でも屋~狐の献身~2
駅からさほど遠くないところにある、落ち着いた佇まいのマンションの前に立った。
俺と蔵馬が同居するマンションだ。
ここは以前俺が住んでた安普請のアパートとも、南野秀一が住んでいたマンションとも違う。
頭の良い蔵馬は、南野秀一の体が生きているときから財産を分けていて、不労所得がどんどん入ってくる口座を準備していた。
このマンションもその準備の一つで、どうやったのかよく分からないが、蔵馬名義の持ちマンションだとか。
南野秀一の体から出たあと、しばらくは俺のアパートで一緒に暮らしていた。
まさかこんな立派なマンションを所有しているとはつゆ知らず、行くところないんだろうな、とか思ってた俺の仏心返せよ。
そんなある日、蔵馬と酒盛りしているうちに、気付けば一緒にこのマンションで住むことになっていた。酔って判断力が低下したところを狙われたな。
まあ困っていることはないし、むしろ家はきれいで広くなったし、家電家具は最新だし、家事も分担できて悪くないと思っている。
まさかお掃除ロボットを飼う日がくるとは思ってなかったぜ。
そのマンションの7階のベランダまで、ジャンプして上がる。もちろん人目も防犯カメラもないことは確認済みだ。
日中はエレベーターを使うが、人気がないときは面倒くさいのでこうやって上がっている。
相棒も心得たもので、道路に面したベランダのガラス戸だけは鍵が開けてある。
ベランダのガラス戸を開けて入ると、落ち着いた声が掛けられた。
「おかえり」
銀色の妖狐が、明かりの付いていないリビングのソファに寝そべっていた。
「おう、ただいま。起きてたんか」
「それ程寝る必要もなし、それにまだ気持ちが昂っていて眠気がない」
「まだ落ち付かねーか」
「昨日よりはだいぶマシだな」
この二週間、魔界で計画的に修行と戦闘を行なってきたらしく、昨日は随分殺気立った様子で帰ってきたっけ。
触発されてつい、ヤろうぜ! と言いたくなったが、人間界でヤったら地形変わっちまうな、と理性総動員して堪えた。
俺が堪えきれずに声をかける前に、蔵馬はベッドの上で瞑想に入っちまったから、なんとか事なきを得た。
理性的な狐に、ちょっとムッとしちまったのは言わねーけど。
にしても。この二週間で、蔵馬の妖力がかなり上がっていた。効率的、計画的に修行すると言っていたが、その通りに行っているようだ。
まだまだ追いつかれるほどではないが、俺も戦いたくて仕方ねー感じになるくらいには刺激を受けた。
依頼が入らなきゃ、今日にでも魔界に行っていたかもしれない。
そうだ、依頼だった。と思い出す。
「さっき何でも屋の方に依頼の妖怪が来たんだよ」
蔵馬の寝そべるソファとは反対側のソファに座り、経緯を話す。
「少し心当たりがある。オレも行こう」
「いいけどお前の交通費出ねーぞ」
「金ならある」
そうでしたね、不労所得でガッポガッポ稼いでるヤツは言うことが違いますねー。
「ま、好きにしろよ。さってと、俺は風呂行ってくるわ」
屋台でラーメン作ってると汗かくし、臭いもつくしな。
汗を流しに、俺は風呂へ向かった。
熱の籠った視線を感じないでもなかったが、お付き合いする気はなかったので無視した。俺性欲ねーんだよ。
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