短編
魔王の何でも屋~狐の献身~1
「あのー、ここで妖怪の相談に乗ってくれる人がいるって聞いて来たんでやんすけど」
そいつが俺の屋台にやってきたのは、最後の客と長々としゃべり終え、さて店じまいすっかな、と考えた深夜だった。
パーカーのフードを深く被った、小学生のような背格好をした男。妖気があるので、妖怪か。
「おう、何か困ってんのか? 聞くぜ。そこ座んなよ」
「よろしくお願いするでやんす」
「茶でいいか?」
「あ、ありがとうでやんす」
小柄な妖怪が、ちょこんと屋台の椅子に座った。
「あー。あのー、あなた妖怪? でやんすよね?」
「おう。魔族だ。浦飯幽助だ。よろしく」
「あ、魔族の方でやんしたか。浦飯さんでやんすね。……あれ? なんか聞いたことがあるようなお名前でやんすね? 魔界統一トーナメントで優勝された魔族の方がそんなお名前だったような? え? ……え!?」
瞬時に小柄な妖怪は椅子を飛び降り、その場に土下座した。
「おいおいおいおい、やめろって。カツアゲしてるみてーじゃねぇか」
「いえ! 魔王様とはつゆ知らず! あまつさえお茶を入れさせるなどというご無礼、平にご容赦いただきたいでやんす!」
「いーんだって! ほら椅子に座れって! 相談があるんだろ?」
そろりと頭を上げ、おずおずと椅子に座る小柄な妖怪。
「で、お前名前は?」
「自分、袁耀(えんよう)と申すでやんす。普段は魔界に住んでいるでやんす」
小柄な妖怪、袁耀は自己紹介しながら目深に被ったフードを取った。小柄な体に合った、小学校低学年みたいな幼い顔が現れる。こんな深夜にはだいぶ不釣り合いだな。
「フードを被ったままで失礼したでやんす。人間界に住んでいる親戚から、相談に乗ってくれる何でも屋がいると聞いて来たんでやんす。あいつ、人間界に住んでるから魔界の情報に疎くて、軽々しく相談に行ってこいとか言いやがりやんして。まさか魔王様が何でも屋をなさっているとは」
「魔王ったって、できるヤツにいろいろ任せて俺は好き勝手やってるだけだからな。そんな畏まるなよ。そんで、お前は何を相談に来たんだ?」
「魔王様にご相談できるなんて、心強いでやんす」
袁耀はこれまでの経緯を話し出した。
何年か前に、魔界と人間界の間に張られていた結界がなくなりやんして、魔界に住んでいた自分たち下級妖怪一族は、人間界と行き来するようになりやんした。
元々、結界ができる前はそうやって行き来していたでやんすが、ある日突然結界ができたせいで、多数の親戚と離れてしまったのでやんす。
尤も、自分たち下級妖怪には、あんな大きな結界問題なく通り抜けられたんでやんすけどね。
そんな結界を通ってまで、人間界に行くつもりがなかったというだけでやんす。
人間界に残った奴も、魔界に戻ろうと思えば戻って来られたんでやんすけど、ただ好んで人間界にいただけでやんすね。
結界がなくなって、数百年ぶりに親戚に会いに行ったんでやんすが、その内の一人とどうしても連絡が取れなくなりやんして。
死んだのかと思ったでやんすが、不思議なことに妖気は感じるのでやんす。
妖気をたどると、近くまでは近寄れるのでやんすが、ある地域から中には近寄れないのでやんす。それは、かなり強い妖気で結界が張られているせいでやんして。
もしかしたら、生きて何者かに囚われているのかもしれないでやんす。そこには強い妖怪が関わっているのではないかと思うのでやんす。
どのくらい強いのかは、自分たち下級妖怪程度じゃ全くわからないのでやんすが。
何とかして助けてやりたいのでやんすが、自分たち下級妖怪がいくら集まっても近寄れないのでやんして。
魔王様、お願いでやんす。親戚を、名前を招幸(しょうこう)と言うでやんすが、助けてほしいでやんす。
「なるほどね。場所はどこだ?」
「ここでやんす」
ズボンのお尻ポケットからスマホを出す袁耀。手慣れた様子で地図アプリを起動するあたり、妖怪もだいぶ人間界に染まったよな。
そのままLIN○も交換し、位置を送ってもらう。便利になったよなぁ。
「ま、魔王様のLIN○……! 家宝にするでやんす!」
「どうやんだよ」
ここまで魔王様と崇められることなど未だかつてあっただろうかいやない。随分気分が良いぞ。
北神たちもだいぶ俺を魔王魔王言っているが、その態度はどう見ても口煩いオカンだ。オカン集団だ。
袁耀から示された場所は、ここから500Kmほど離れた山奥だった。走って行けばすぐだな、と思ったが。
「魔王様のご都合の良い時に、交通機関を乗り継いで自分がご案内するでやんす。もちろん交通費もお出しするでやんす」
と言われたので、ご案内していただくことにした。袁耀を担いで行けないことはないが、あまりのスピードと風圧にコイツ気絶しそうだし。駅弁食いてえし。
「それから」
と徐に、斜め掛けのカバンから封筒を取り出した。かなり分厚い。これは。
「こちら謝礼の前金でやんす。どの程度謝礼をお包みしたら良いのかわからなかったんで、人間の探偵が設定している金額程度でお持ちしたでやんす。魔王様に人間界のお金なんて失礼かとは思うでやんすが……」
「いいねいいね! 人間界の金、大好きだぜ!」
まさか妖怪が人間の金を持ってくるとは。大概酒やら珍しい食材やら物で持ってくるので、万能な現金は大歓迎だ。
手渡された封筒の中を見てみると、万札が30枚入っていた。おおおおお。しかも前金っつったよな!? なんて気前の良い!
「……お前、狸や狐や猫じゃねーよな?」
「え? 違うでやんすが?」
「これ、ホンモノの人間の金?」
「そうでやんすけど……」
何かを察した袁耀から、憐れみの眼差しを向けられた。
これまで現金に好かれることのなかった俺にも、やっとチャンスがきたらしい。
万札からは変な妖気も感じない。これは葉っぱのお金ではない。つまり太客!!
「明日、いや、もう今日か。電車が動いたら行こうぜ」
「本当でやんすか!? ありがとうございやんす!!」
目を潤ませて礼を言われた。
その場で待ち合わせ場所と時間を決め、また後ほど、と袁耀は帰っていった。
俺もすぐに店の片付けをし、昨日二週間ぶりに魔界から戻ってきたばかりの相棒に事情を伝えに家へ戻った。
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