短編
狐の葬送2
「そんで、煙鬼とケンカした狐光が腹いせに煙鬼の秘蔵酒を処分しに持ってきたのがこの! 幻の名酒、絶海だったわけだ! 滅多に飲めねー逸品だぜ! さあ飲め!」
一升瓶をドンと卓袱台に置く。俺の言葉に、蔵馬がニヤリと笑う。
「これは。煙鬼が泣くな。ぜひ飲もう」
「ケケケ。これ、2本あったらしいんだが、1本は狐光が飲んだらしい。が、あんまり好みの味じゃなかったのと、そういや親父が好きな酒だったなと思い出して、じゃあ息子に飲ましてやっかと持ってきたんだと」
「雷禅ほどの妖怪なら、さぞかし献上されて飲み慣れたものだろうな」
「なんで俺には献上されねーんだよ。俺魔王様だぞ」
「いや、いろいろ献上されてるはずだ。幽助が好き勝手フラフラ出歩いて、何を献上されているのかも把握していないだけだろう」
「そうなんか!? 近いうちに魔界に戻るか」
二つのコップに、幻の名酒絶海を注ぐ。青みがかった透き通る酒だ。すでにアルコールの匂いが鼻につく。
「そうしろ。オレも事あるごとに北神たちから幽助に魔王城へ戻るよう言ってくれと言われすぎて食傷気味だ」
「あいつら何やってんだよ……」
「基本的に、幽助のことしか考えてないだろうな。彼らは幽助親衛隊だから。黄泉からも、幽助がなかなか魔王城に戻ってこないから、内政も好き勝手できると聞いている」
「お前らそんな話してるんか。仲良しかよ」
「蟠りが全て消えたとは言えないが。黄泉が幽助の参謀に入ってからは、幽助に魅せられた苦労仲間として、随分と親しく話すようになったな」
「なんだよ、俺の悪口言ってんのかお前ら」
コップを片手に持つと、蔵馬も同様にした。座布団に胡座をかく美形。安っぽいアパートの背景も含め、とことん似合わない。
「悪口は言ってない。ふらふら出歩いている癖に、腐敗しそうなところをピンポイントで見抜くあたりが侮れない。が、だったら内政にもっと干渉してくれ、という惚気のような愚痴を聞かされてる。こちらからも最後には、幽助に魔王城へ戻るよう言えと言われて食傷気味だ」
「アイツも何やってんだよ……」
「アイツも大概、幽助のことで頭の中がいっぱいだぞ」
「なわけねーべ。ほら、乾杯すっぞ!」
「秀一が死んだのに乾杯というのには躊躇いがあるんだが」
「なに言ってんだ。妖狐蔵馬の新たな門出だろ。乾杯でいいんだよ!」
一瞬きょとんとし。そうか、と呟くと、やんわり笑みを浮かべた。
「ほれ、乾杯!」
コップ同士がカチンと音を立てる。口にした絶海は、辛めの清酒のような味わいで、かなり強いアルコールが体を熱くする。
だが、とにかく。
「美味い! 親父が気にいるのもわかるぜ!」
「美味いな。さすが、あまりの美味さに最期に飲むならこの酒だと言われているほどの酒だな」
「ほれ、もっと飲めよ。チャーシューも食えって」
減った分を注ぎ足すと、蔵馬に瓶を取られてこちらにも注がれる。
妖狐になると不遜ぽくなるが、こういう気も遣えるあたり、やっぱり蔵馬なんだよな。
瓶を置いて、蔵馬は俺のすすめたチャーシューをつまむ。指を舐める仕草に、無駄な色気がある。マジで無駄だな。
「チャーシューも美味いな」
「だっろ! けっこう研究したんだぜ」
「屋台で出すのか?」
「おう。このチャーシューに合うスープにしたんだ。昨日から出してるんだが、なかなか好評だったぜ」
「前から思っていたんだが、魔界で屋台してみたらどうだ? 行列ができるぞ」
「それいいな。魔王の手作りっつー付加価値で割高に設定してよ、北神たちに貢がせてやんよ。ケケケ」
飲みやすい酒のせいで、一升瓶の中身がどんどん減っていく。
話題も次から次へと移っていった。
酔いが回っていくのに、心地よく浸る。
「そんで、お前これからどうすんだ? 魔界に戻るんか?」
「母や畑中の人間が生きている間は、魔界とこちらを行き来しようと思う。オレを知る人間がいなくなったら、その時はまたどうするか考えるさ」
「先の長い話だな。いーんじゃね。好きに生きろよ」
酔いで体が火照る。寝巻きがわりのジャージのズボンを脱ぎ捨て、パンツ一丁になった。上半身は最初からタンクトップ一枚だ。
ごろんとせんべえ布団に転がり、肘枕で腹を掻いた。
見た目が年齢通りなら、単なるおっさんだわな。
そんな態度おっさんに、まさか覆い被さってくるヤツがいるとは思わなかった。
「前に言ったと思うが」
「お。攻め方変えてるとこか?」
蔵馬の整ったなツラが、鼻先にある。近い。
「ああ。逃げないのか?」
「まあ、ホントにキスでもする気なら張っ倒すぐらいすっか。いや、別にいいような気もしてきた。わかんね」
いい加減、俺もかなりの酔っ払いだ。判断力の低下は深刻だ。
だが、本気で嫌だと思えば。不利な体勢でも払い除ける程度訳ないくらいには、今の俺と蔵馬には実力差がある。
間近で見ても綺麗なツラが更に近付き、唇に柔らかいものが触れる。
「……張り倒さないのか?」
「なんかイヤじゃなかったな。キモいとも、逆に気持ちいいとも思わんかった」
「感性が死滅してるような感想だな。拒絶がないだけマシなのか。それとも関心のなさに絶望すべきか」
「じゃ、ここでやめとくか」
「幸か不幸か、ここで諦めるような性格をしていないものでな」
言うなり、後ろ手で卓袱台にあるコップを取り、残っていた酒を口に含む。
それから、再び口付けられた。唇を開かれ、熱い舌が捩じ込まれる。同時に流し込まれる、幻の名酒絶海。これはずるい。美味しいじゃねーか。
こちらから吸うように舌を絡ませる。蔵馬の舌が、それに応えるように絡み合った。
俺の口から溢れそうになる液体。これが唾液ならいいが、絶海だったら勿体なさすぎる。少しも溢さないよう、吸い尽くした。
「……ふっ……ぅ……ちゅ……」
口腔を蔵馬の舌が這い回る。鼻で息をして、時折溢れそうな液を吸い。
段々と、下半身に熱が集まってきた。
そうなると、大人しく下にいる気はなくなる。
口付けたまま、肩を押し、ゆっくりと体を反転させた。
つまり、押し倒して乗り上げた。
「……久っびさにキたぜ。ちょっと付き合えよ」
鼻先を合わせて、にっと笑いながら舌舐めずり。
蔵馬の白皙の頬が、形の良い唇が紅く染まる。熱を帯びた瞳といい、実に扇情的だ。
下からオレを見上げる蔵馬が、ニヤリと笑う。
「望むところだ。来い」
俺から挑むように口付け、舌を入れ。絡めて吸って。
そこまでしか覚えてねー。
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