短編
狐の葬送1
ほぼ寝るだけの、一人暮らしをしているアパートに、早朝から桑原がやってきた。
悲痛な様子で、目は真っ赤に腫れている。
開口一番、ヤツは言った。
「……蔵馬が死んだんだって。さっき、蔵馬の母ちゃんから電話もらってよ」
「オレ、全然知らなくてよ、蔵馬のヤツが病気だったとか」
「前回会ったのなんて、正月にみんなで集まったときだぜ」
「水臭えよな。知ってたら、もっとたくさん会いに行ってたのによォ」
言いながら滂沱の涙を流す桑原。何とも言えず、黙ってそれを見ていると、俺のそんな様子に気付いた桑原が、吊り目をさらに吊り上げて怒鳴る。
「お、っ前なんでそんな冷静なツラしてんだよッ! 蔵馬だぞ! 戦友の蔵馬が死んじまったんだ! もう会えねぇんだぞ! わかってんのか!?」
「いや、なんつーかよ」
ちらっとトイレの方に目をやる。桑原も誰かいんのか、と気付いたようにその目線を追う。
タイミングよく、というかタイミングを見計らってトイレのドアを開け、銀色の妖狐が出てきた。
「桑原くん。おはよう」
「……え……?」
桑原の目が点になった。
「蔵馬、生きてんだわ」
「……はあああァァァッ?!」
うるせぇから、殴って黙らせた。
俺のせんべえ布団に胡座をかく妖狐、蔵馬。似合わないことこの上ない。
ヤツが俺のところにきたのは昨日の夜だ。
ついに南野秀一の体が限界を迎えたということで、体から出た妖狐蔵馬が俺のところに来たのだ。
ヤツにとっては鍵なんてあってないようなもので、蔵馬は自然に玄関からドアを開けて入ってきた。
仕事終わりに、せんべえ布団に寝転がってスマホをいじっていたら、気配を消した妖狐が入ってきたわけだ。とりあえず目は丸くしたね。
「なんだ、ついに死んだんか?」
「先程な」
「そっか。お袋さん、寂しがるな」
「ああ。泣いていたよ。オレが入っていなければ死んでいた体だが、オレが入ったせいで体が保たなかったと思えば、母から秀一をオレが奪ったような気分になる」
「良い息子してたじゃねーか。お袋さん、ぜってー幸せだったぜ。お前はいて良かったんだよ」
「だが、考えてしまう。赤子のときに子を失うのと、30年近く共に過ごした子を失うのは、どちらが残酷なのだろうと」
「そんなん、お前のお袋さんにしかわかんねーこったな。息子はどうだったんだよ。共に過ごした年月は」
「オレは……幸せだった。そういうことか」
頭の回転が速いヤツが、どう納得したのかわからない。蔵馬の口許に浮かぶ僅かな笑みに、俺の口許も緩んだ。
「よし、飲もうぜ! お前、しばらく飲んでなかったろ。魔界から酒持ってきてるぜ」
弱った体を長く保たせるために、このところ蔵馬が断酒していたことを知っていた。
「魔界の酒か。久しぶりだな」
「特別に、幽ちゃん特製チャーシューも出してやろう!」
「ありがとう」
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