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短編
魔王の休憩所2
人通りはない。コンビニが開いてるくらいで、車すらまばらな時間だからだろう。

アイツの住むマンションの真下で、一瞬だけ妖気を放つ。

すると、8階の窓が開いた。

トン、と地面を蹴り、壁を何度か踏み、8階まで飛び上がる。

開かれた窓から、俺はスルリと部屋の中に入った。

「よ、久しぶり」

「ああ、幽助。久しぶりだね。来てくれて嬉しいよ」

ワインレッドの艶やかな長髪はずっと変わらない。会社勤めのはずだが、きっと妖狐的な力で許されているのだろう。

さて、一週間ぶりってのは久しぶりって言うのだろうか。そもそも、蔵馬とは会う時は2日、長くても10日置きくらいの頻度で会っているので、久しぶりという言葉の意味がよくわからなくなる。

「蔵馬ー、髪切ってくんね?」

「夜中3時の訪問理由がさすが幽助だね」

「だろ?」

「褒めてないよ」

スウェット姿の寝起きもサマになるって、スタイルのいい美形はズルいよな。

「4時間後に出勤するんだけど」

「なに人間みてーなこと言ってんだよ。一週間くらい寝なくても平気なヤツがよォ」

「そんな時でも快く君を受け入れるオレの、健気な愛情はいつ君に伝わるんだろうね」

「伝わってっから来てんだろ! とっとと切ってくれ!」

いつでも受け入れてくれる、身内のような好意をわかった上で甘えているのは自覚しているのだ。

そんな考えが蔵馬にはどう伝わったのか、軽く息を吐かれた。

「伝わり方が微妙なようだとわかったよ。攻め方を変えないといけないな」

「や、変えなくてい」

「けど、本当に切っていいのかって毎回思うんだよね。幽助のこの髪型のファン、怖いくらい多いから」

微妙な話題から強引に微妙な話題へ変えられた。

「そりゃただの親父のファンだろ。鬱陶しいんだよアイツら」

この頭にしてると、次から次に親父の名前を連呼しながら妖怪たちが寄ってくるのだ。鬱陶しいことこの上ないが、好意的なのは確かだし、遊びにも積極的に付き合ってくれるので、悪いことばかりではない。

「まあ最初はね。亡き闘神を偲んで集まって来ているんだろうけど、幽助と一度でも話して戦ったら、次からは君自身の魅力に惹き寄せられてしまう」

俺の長い前髪を一房手に取り、口付けられる。

「……攻め方、変えてるとこか?」

「そ。それとね、全力出すとこうなるってことは、この髪型の方が妖力が安定しやすいんじゃないかな。オレも妖狐の時は髪が長いだろ。だから北神たちなんて、オレが幽助の髪を切ると苦言を呈しにくるよ」

「あいつら、何やってんだよ……」

「彼らは幽助親衛隊だからね。君のためになることしか考えてないよ」

蔵馬の手は俺の頭に沿って手櫛を入れ、そのまま頬を撫でる。優しく、それでいて腰が疼くような……。

「髪! 切ってくれんだろ!?」

「そうだね。オレは幽助の頼みは断らないよ。……またおいおい、ね」

何する気だよ。攻め方変えるって怖ぇんだが。

「さ、浴室に行きましょう」

「おう」

蔵馬は新聞紙を浴室の床に敷き、その上に椅子を置く。何度か切ってもらっているので、とても手際が良い。

その間に俺はTシャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、下着も脱ぎ、タオルを腰に巻いておく。

準備ができたら、俺は浴室の椅子に座った。

「今回は誰と戦ったの?」

「煙鬼のおっさん。俺の勝ち」

「それはおめでとう。その後酒盛りでもしたのかな?」

「わかるか? アイツら俺たちが戦ってる横で既に飲み始めてたぜ。終わったら俺も混じった」

「酒の臭いもするけど、幽助吐いたでしょう。人間界の酒と同じように飲んではだめだよ。それと、雷禅の仲間と同じように飲んでもだめだよ。あの人たちは何百年もあの酒で体を慣らしてるんだから」

「わぁってるよ! 蛍子並みにうるせーな!」

「幽助にはそういう存在が必要でしょう?」

ぐっと黙る。

髪を切る音が浴室に響く。長い髪がパサパサと新聞紙に落ちていった。

「……勘違いして欲しくないんだけど、オレは蛍子ちゃんの代わりになろうとしているわけじゃないよ。オレは幽助と対等に、ずっと肩を並べて隣にいたいと願ってる。陳腐だけど、それこそ死が二人を分つまで」

蛍子とは、流れる時が変わってしまった。俺は15で魔族になってから体が成長しない。蛍子が死ぬときも、このままだろう。

蔵馬は。

いつになるかわからないが、俺は「楽しかったぜ!」と魔族生を終える予定だ。その時もいてくれるのは。

「……肩並べる強さになったら考えるわ」

ここ数年、蔵馬はほとんど魔界に来ることはない。ばあさんの山にはちょくちょく顔を出してるようだが。魔界で遊んで(戦って)ばかりいる俺との戦闘力は広がる一方だ。

「言ってなかったんだけど、この南野秀一の体、あと少しで寿命を迎えるんだ」

「……は?」

「暗黒鏡に寿命の半分を取られたでしょう。あの時、人間としての寿命を半分取られたんだ。それから度重なる妖狐化、そもそも妖怪の強すぎる魂が人間の体に入っていることで、この体の限界が近いんだよ。実際、既に痛み止めを使ってる」

「な……っ」

「できるだけ長く、母の側に秀一をいさせてやりたいと思ってるんだ。そのために、さらに寿命を削らないよう、今は修行を控えてる」

滅多に魔界に来ないと思ったら、そういうことだったのか。魔界の空気も、人間の体には毒だから。

「もちろん、秀一の体はなくなっても、妖狐としては生き続けるから。そのときは効率的、計画的に修行するから、すぐに幽助と同じくらい、いや、それ以上に強くなる予定だよ」

葬式には是非来てね、ってお前結婚式の招待のノリかよ。

「……そう簡単に追いつかれっかよ」

「わからないよ。オレたちの時間は長いんだから」

その長い時を共に。悪くねーな、と思っちまった。

「バリカン使うから、下向いて」

「おう」

ウィーン、と電源が入り、襟足に刃が当てられる。くすぐったいような感触。

もみ上げにもバリカンを当てられ、浴室の鏡にはいつも通りの髪の長さに戻った童顔があった。

全身についた髪を払う。浴室の新聞紙を敷いた床には、気持ち悪い程の髪の毛が落ちていた。というか、もはや髪の毛の布団ができていた。

それを手早くまとめ、ビニール袋に片付ける蔵馬。俺の髪、魔界産の観葉植物に与えるらしい。妖力豊富で、良い栄養になるとか。

腰に巻いていたタオルも外してパタパタとはたく。

「じゃあ、シャワー使って髪の毛流して」

そう言って、浴室を出て行く手前で。

「今は体調が万全じゃないからいいんだけど、妖狐のオレの前でそんな格好したら襲うからね」

にっこり笑って出ていった。

蔵馬美容院、あとわずかで閉店らしい。

「はん、返り討ちにしてやんよ!」

そう返すと、シャワーで髪の毛を洗い流した。


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