さよならの空
その後わたしはどうしても授業に出る気にならなくて、屋上で暇を持て余していた。
暇、と言っても頭の中はさっきの橋本くんの泣き顔が焼き付いて離れない。普段明るくて、泣く怒る等の感情とは掛け離れた人なのに。橋本くんは。
それなのに、わたしは泣かせた。
〜♪
そんな時、わたしの心中とは裏腹に流行りの曲が響いた。この音は電話だ。誰だろう授業中のはずなのに。
嫌な予感がしたのでディスプレイは見ずに電話にでる。
「…はい」
『あ、はる子先輩!俺っス!』
悪い予感ほど当たるものだ。なんて皮肉なんだろう。
よりによって、電話の相手は赤也くんだった。
「、赤也くん授業は?」
『?…英語なんでさぼっちゃいました!先輩もさぼりっスか?』
間を開けて返事がかえってきたのを聞いて、声で今のわたしの心中を悟られたんじゃないか、と不安に駆られる。
絶対、彼だけには気付かれたくない。
「あ、うん。そうだよ。」
『じゃあ一緒にさぼりましょうよ!屋上っスよね?』
その言葉を聞いた途端、赤也くんから電話が来たことでこみあげていた熱がすうっ、と抜けていく嫌な感覚がして、胸のそこから何かが込み上げてきた。
「…だめっ!」
その込み上げてきたもの、それは何とも冷静さを欠いたわたしらしくない物だった。それに気付いてハッとしたけどもう遅くて、電話の向こうもシーンとしていて気まずいとしか言いようがない。
どう言い訳しようと試行錯誤をしていたその時、受話器からどたばたと雑音が聞こえた。それは徐々に大きくなって、最終的には電話がぷつりと切れてしまった。
「赤、也くん…?」
自分のせいなのに。
また、人をひとり傷つけてしまったのと、淋しさで何とも言えない虚無感がわたしを襲った。
「赤也、くん…赤也くん赤也くん…赤也、くんっ…!」
無いものをねだる子供のように、携帯に向かってひたすら名前を呼ぶ。
何度諦めると言ったって、忘れると言ったって、気持ちがなにもかわっていないことに、気付かされただけだった。
「赤也くんっ…!」
「なんスか、はる子先輩」
溢れてきたモノも拭わずにひたすら呼んでいた名前。噂をすれば、じゃないけれど、背後から聞こえた声はまさしく彼だった。
「…先輩。」
「赤也、く…ん」
「泣かないで」
走ってきたんだろうか。乱れた前髪をかきあげながらわたしの目の前に座り込んで涙をすくった。その顔は何とも言えない優しさで歪んでいた。
「ごめんね、わたし、怒鳴っ「ほんとっスよ!!」
そういう赤也くんは頬をぷくっと膨らませてわたしの肩をガッと掴んだ。
「やっぱり他の男と、その、いるんじゃないかって心配したんですからねっ!」
そういった赤也くんは耳まで真っ赤で、わたしは二回も彼に恋に落ちたような感覚に陥った。
「は、ははっ」
「せ、先輩!?」
「赤也くん、真っ赤!」
「だってめちゃくちゃ照れてますもん!今!」
素直な彼らしい返答にさらに笑ってしまう。さっきまでの涙はどこへ行ってしまったんだろう。
「先輩!天気いいですし、昼寝でもしましょーよ!」
「いいねっ!」
赤也くんといると気付けば笑顔でいる。それはわたしにとっては凄く珍しい事で、所謂初恋な訳だけど、恋の楽しさを実感していた。
「実は今の時間体育なんです」
「えっ」
屋上のコンクリートに寝そべり、空を見ながらうとうとしていたら、赤也くんがふいに呟いた。
「なんで!赤也くん体育大好きでしょ!」
思わず起き上がって言い返すと、横になってる赤也くんに引っ張られて左肩をコンクリートに付ける形で倒れこんだ。
「なんでか、聞きたいっスか?」
赤也くんがこちらを向いたので向き合いながら、わたしに聞いた。
「…うん」
「じゃあ教えます」
赤也くんが仰向けに寝直したので、わたしもつられて空を見る。真っ青。快晴だ。
「俺、昼休みに先輩が屋上に行くの見かけたんス」
「うん」
驚きはしない。やっぱり、という感じだ。
「誰か、男子につれてかれてるみたいだって丸井先輩に言われて、俺、いても立ってもいわれなくって」
「…うん」
「真田副部長が一緒にいたからすぐに来れなかったんスけど、俺、」
そういうと赤也は起き上がり、わたしを引っ張り起こして目をじっとみつめてきた。
「俺、ずっと…ずっと…」
頬を赤らめ挙動不審になりながら、もじもじを言葉を絞りだすこの仕草。
今じゃなかったら、どれだけうれしかっただろう。もしかしたら泣く程かもしれない。
「赤也くん、聞いて」
「な、な、んスか?」
あたふたする赤也くんから目を反らして、空を仰ぐ。
これ以上彼を見つめていたら、愛しさで決意が揺らいでしまいそうだった。
「出会いがあれば、別れもあって」
「?」
「わたしと赤也くんの出会いは部活だったね」
「は、はい」
ここで突き放せば、彼もわたしももがくことなく離れられるかもしれない。
多少なりとも彼が傷つくことがあっても、一番浅くおさまるような、そんな気がする。
「別れは、」
「先輩、?」
「……今だよ、赤也くん」
そういうと赤也くんは目を見開き、わたしの腕を掴んだ。
「なに、いってんスか?」
「ごめんね、赤也くん。
ばいばいしよう?」
「嫌っスよ、だって…俺…「言わないで」
その2文字を聞いてしまったら、わたしなんかの決意はぽっきりと折れてしまうから。わたしは赤也くんの言葉をぴしゃりと遮った。
「やだよ、先輩。
俺意味わかんないっスよ…」
「ごめんね」
「謝ってないで、説明してくださいよ!俺は先輩のこと、こんなに…」
「言わないで。」
「嫌だよ先輩。
先輩が、俺、先輩が、」
「言わないでってば!!」
「っ!」
思わず怒鳴ると何故か涙が込み上げてきて、鼻が痛くなってきた。
赤也くん、は、こんなにわたしを想ってくれてるのなら尚更、わたしに伝える事を許すことは出来ない。
「幸村と真田を倒して、部長になって、夢叶えて…。
赤也くんにはやることが沢山あるでしょ?」
「だけどっ…!」
「じゃあね、切原くん」
「!」
その言葉を残して屋上を去った。
「う、うぅ…」
この涙は、なんの涙だろう。
091230
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