記念小説 .A//怜治×真司 「あ」 小さな声が聞こえて足を止めて思わず振り向く。 暗雲を見上げている青年。 「向日葵?」 「あ?ああ、ごめん」 彼の通り名を呼べば、視線は空からこちらに戻ってきた。 冷え込む2月の上旬。 向日葵は寒そうに首もとにマフラーを巻いて、手はコートのポッケの中だ。 白い吐息が頭の高さを越える頃には周りに霧散して消える。 だが、そんな吐息よりも儚く思える金髪はそこで揺らめいている。 「何かあったのか?」 「あーいや、気のせいかも」 眉根を寄せて再び視線は上へ向く。 それがなんだか寂しくて、無意識のうちに消えてしまう足音を鳴らしながら近付いて、向日葵の柔らかい艶やかな頬を両手で包んだ。 無理やり視線を向けさせると、向日葵は不思議そうな顔をした。 「キィ?」 「空ばっか見てねぇで俺を見ろ」 強く視線を合わした先には赤の混じった金目。 向日葵のその瞳は、光彩筋が瞳孔から向日葵のように疎らに広がり、尚且つ美しいオレンジのような金目だ。 それ故向日葵は通り名を"向日葵"と付けられた。 安直すぎると思ったが、向日葵自身が気に入っているようなので何も言わない。 一瞬きょとんとした顔が見る見るうちに、見る者全てを虜にするようなとろけた笑みを浮かべた。 その笑みに心臓が高鳴る。 自然な流れで互いの顔を寄せ、触れ合う、というところで互いの顔の間に白い何かがゆっくりと通った。 「……雪?」 「ッチ」 邪魔しやがってと思わず舌打ちしてしまうのは仕方ないだろう。誰だって恋人との甘い時を邪魔されたら苛立たずにはいられない。 両頬を包まれたまま向日葵は空を見上げた。つられて空を見上げる。 やはりそこにあったのは暗い雲ばかりで。 また、ふわりと雪が舞い落ちる。 ふわり、ふわり。 ひとつの雪の粒が向日葵の僅かな隙間の頬に舞い落ちて液体となってキィの指先を伝った。 ふわり、ふわり。 「きれいだね」 「そぅかぁ?水が結晶化しかけてるだけじゃねーか」 ふわり、ふわり。 「…キィってほんと情緒がないよね」 そんなことねぇ、と向日葵を見た。 向日葵はまだ空を見上げている。 その視線の先には自分は入っていなくて、思わずいらぬ口が滑ってしまうのもきっと雪のせい。 「雪なんかじゃなくて俺を見てよ。俺はお前しか見てないんだから」 普段張るように出している声とは真逆の小さくか細い声になってしまった。 変なことを言ってしまったと気付いて向日葵から勢いよく手を離した時、向日葵が真っ赤にそまっているのを見た。 「向日葵?」 「〜〜っ!!なん、なんだ、よっ」 真っ赤になって取り乱したかと思ったら、いきなりコートの襟元が力強く引っ張られる。 力の流れに逆らうことなく前に倒れれば、そこにあったのは向日葵のドアップで。 「っ」 「俺が何見てたってキィには関係ないんだよ!」 温もりを感じた唇とは裏腹に、心は凍えるように冷たくなった。 「俺はいつだってキィのこと想ってるんだよ。…だから、一緒にいなくたって俺達は一緒だって、…思って、る」 見る見るうちに茹で蛸のように赤くなっていく向日葵につられて何だか自分の顔も熱くなってきた。 自分はこんな初な人間だったかな、と僅かな理性で考えてみた。 やはりこれは向日葵との間だけでのことだと気付く。 耳まで真っ赤になったそれに唇を近付けて囁く。 「俺も、お前のことを想ってる。ずっとずっと、お前だけを愛し続けるよ」 目を見開いて視線だけをうようよしていた向日葵は、再びキィと目を合わせて、真っ赤なまま向日葵が咲いたかのように優しく微笑んだ。 (^ω^*)(#^ω^) |