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中編小説
逆流の一歩前





気を付けないと足が弾む。気持ち悪いくらいぴょんぴょん跳ねてしまいそうだ。
だって、だって!初めて彼に名前を呼んでもらえて、触れ合えて、しかも下の名前を呼ぶことを許してくれた!嬉しすぎる!
やっぱり好きだ。彼が好き。
彼の為なら何でも出来る。


「藍沢、咲希だね」

むふ、と思い出し笑いしそうになった、その時。
本来ならばその声を聞いた瞬間喜ばなければいけないのに。
でも山吹君、じゃないね、宝、君、へへへ、…によって気分のよかった僕には最悪なものだった。

「神山、様」

そう、そこにいたのは副会長。僕が慕い、愛する筈の、神山隆一様その人だった。


+++++++++++


僕がちゃんと親衛隊隊長の仕事を真っ当するならば、ここは泣いてでも喜ぶ場面だ。
だって、僕は副会長の部屋に、いるのだから。

「君は冬樹に気に入られているね」

冬樹、って田辺様のことだよね。と考えて、神山様が言っている意味を理解出来なかった。
気に入られている?僕が?

「しらばっくれないでよ。どうせ、媚びでも売って取り入ったんだろう」

軽蔑するような、汚いものを見るような目。
だけど今の僕はそんなものへっちゃらなんだ。何たって宝君パワーがあるから。

「泰明に続き、秋野の親衛隊が制裁を始めた」

連れてこられた副会長の部屋。その言葉の意味を改めて考えなくともわかっている。

「相手してあげるから、どうか奈津には手を、出さないでくれ」

悲痛な顔。
いくら僕は宝君を好きで、副会長が好きではないといっても、やはり神山様の幸せを望む。
勿論寺村様、守田様、田辺様、そして中西君の幸せも。
だから見たくないのだ。誰かが誰かの為に苦しむ姿など。

「約束、してくれないか」

そう言いながら、僕を押し倒そうとする神山様の手を取った。

「制裁など、させません。僕らは神山様が幸せであることを望んでいるのですから」

僕は神山様に今出来る最大限の笑顔で答えた。
目を見開いた神山様に、僕は言葉を続けた。

「ずっと好きだった人に、急に好きな人が出来たら、そりゃあ誰だって悲しくなってしまいます。その衝動で動いてしまってはいけないと、彼らは気付き始めているんです」

そう、気付き始めているのだ。
好きだからと、一方的な感情で相手を押し付けることは、決していいことではないと。

「だから神山様、ご安心下さい。彼らは僕の身に変えても、貴方の想い人には手は出させません」

泣きそうなその顔。
普段の拒絶の仮面が脱げたその神山様の顔に、つい笑ってしまった。
神山様は不機嫌そうに眉を寄せて僕を睨んだ。

「…なに」
「ふふ、いいえ、何でも、ありませんから、お気になさらず」

口から笑みの含んだ息が漏れて上手く喋れない。
だけど神山様はそんな僕の態度が気に入らないのか更に眉を寄せた。
肩に触れたままだったその手に力が加わって、僕は後ろに倒された。
だけど不機嫌そうな神山様が可愛くて、僕は特には何も疑問には思わなかった。

(´ω`*)(#´ω`)

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あきゅろす。
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