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中編小説
7.ずっとそばにいたのに






「僕の手料理が食べたい?」



それは唐突に。



「ああ」

「え、でも口に合わないかも、よ?」


虎太郎がしかめっ面になる。


「会長は沙英の料理食べてるんだろ」

「…まぁ、時々」


会長は実は幼い頃は結構庶民的で、父親が一気に上り詰めたために今の地位にいるという経歴があり、だから僕が会長に手料理をふるまうことに何の違和感もなかった。


「でも、食堂の方が美味しいですよ?」

「食い飽きた。…つか、俺には食ってほしくねぇってのかよ」

「いや…そんなことは…」


そんなことは、ない。ないけど、好きな人には幻滅してほしくないじゃないか。一様料理には自信あるけど、さ。


「なら決まりな」

「ああ、うん」


別にいいけれども。じゃあ虎太郎は何が好きなんだろうか。


「何でもいい」


とか言うから。


「会長に前作った余りものだけど、何か作れたかな?」


独り言のように漏らした言葉に、虎太郎の目が鋭くなった。


「いつだ?」

「…はい?」

「会長に作った、っていつだ?」

「いつって…一昨日ですかね?」

「…っち。何もされてないんだろうな」

「っ!されてませんよ!」


だといいがな、という虎太郎の目は冷たい。こんな悲しい関係、いつまで続くんだろうか。




++++++++++++




虎太郎は会長の時の余りもので料理を作ることをひどく嫌がった。
だから買い物に行こうとしたら虎太郎も行くと一緒について来てくれた。まるで夢のように二人方を並べての買い物。


「あの子はどうするの?」

「あいつは今日は別の奴と食うって」


何がいいかって実はまだ決めてない。


「原君、何がいいですか?」

「何でもいい」

「…それが一番困るんですけど」


会長も以前はよくそう言った。だけど本気で困る僕に最近はちゃんとリクエストをくれるようになった。


「沙英は何作れるんだ?」

「んー、基本何でも作れますよ。魚料理は得意ですけど」

「じゃあそれ」

「えー」


魚料理って結構あるんだけど。
まあ、でも、これが最初で最後になるかもしれない虎太郎への手料理。時間を掛けて頑張るのもいいかもしれない。


光り物の魚を籠に入れて、野菜も入れて、レジに向かう。
よくよく考えるとこのカードキー兼用のクレジットカードをここであまり使ったことがない。

レジのおばさんがいつものように話掛けてくる。


「あれ?今日は違う人と一緒なんだねぇ」

「あ、こんにちは。…えと、まぁ」

「沙英ちゃんのクレジットカードを使うのも久しぶりだね」


そうですね、と苦笑した。


「あ?どういう意味だ」

「えと…」

「沙英ちゃんはいつも会長さんと買い物に来るんだけどね、支払はいつも会長さんが持つんだよ。いい彼氏じゃないか」

「えっ!」

「沙英の彼氏は俺だ、おばさん」

「あらっ!それはごめんなさいね!いやぁ、いつも会長さんといるからねぇ」


申し訳なさそうにレジのおばさんは精算していく。

どいう風の吹き回しか、支払は虎太郎がしてくれた。会長に対抗してだろうか。




++++++++++++




味噌煮を口に含む。


「…うま」


それが虎太郎の第一声だった。


「…こんな美味いとは思わなかった」

「ふふ、褒め言葉として受け取っておきます」

「ずっとそばにいたのに、沙英のこと何も知らなかったんだな」

「…っ」


虎太郎の目元に前髪の影が差す。


「機会があったら、また、作ってな」




“機会”が、あったら─────


(´ω`*)(#´ω`)

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あきゅろす。
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