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くちなしの花
頭領と休憩


夏である。

じりじりと肌を焼く日光に恨みめがしい目線を送るが、よく考えればオゾン層に穴ぼこが空いているわけでは無かったので、多分紫外線による病気は起こらないはずだった。

ならいいか。

いや、熱中症で運ばれて来る患者が減ったわけでは無いのでいくない。

梔子自身、夏になると毎度悩まされることがあるのだ。



現在彼女がもろに食らってる問題は、汗疹だったりする。



四六時中、身体のすべての肌を隠すために包帯巻き、しかもそれで野外仕事をしているのだから、そんなのできて当然と言えば当然である。

だからこうして包帯をマメに巻き替えなくてはならないのだが、いかんせん面倒くさい。

きちんと毎日撒きかえて丁寧に洗って熱湯消毒してお日様にあてているが包帯も痛んでくる。

机仕事でもないので外を走り回って汗をかく彼女は夏休みが欲しいよと空を見上げた。



食事ぐらいは落ち着いて取りたいからと作られた病人医師兼用の食堂でふうとため息をつく。

さすがに包帯を顔にまで巻いて物を話せないのでは不便と仕事中は頭巾をかぶっているので物も食べられる。

梔子は無口(もしくは喋れない)だと殆どの人間は思っているが、ただ単に大人しいのと包帯を巻いている時は口をうまく動かせないだけである。

だが肌を見せるつもりは無いので人の居ない所で後ろを向いて水を飲む。

そして廊下に出て、唐突な人の気配にびくっと飛びあがった。



「と・・・頭領。」



慌てて振り返ると、五代目風魔小太郎が目の前に居た。

里抜けした15歳頃から身長が伸びていない梔子には見上げないと顎しか見えないので首が痛い。



「これはこれは珍しいことです。城主殿のご許可が下りたのですか。」

「・・・・・・」

「それはそれは嬉しいことです。ではこちらに・・・部下達に言付けて来ますので待っていてくださいませ・・・お茶と菓子を持って参ります。半刻したら一緒に参りましょう。」



なんで一介の女忍者を私室に呼んだりするの坊ちゃん、とツッコミを入れたい気持ちも多々あるが、逆らわなくていいところで逆らう気力の無い##name_1#は大人しく失礼にならない程度に服装を整えて呼びつけられた部屋の障子の前に座った。

頭領に連れてこられたこの城の一角は城主様の息子さんの生活空間だ。

つまりは梔子が城下の病院の責任者をしなけりゃならなくなったきっかけの騒ぎを起した御方に呼ばれたわけである。



「・・・・・・氏直様、梔子でございます。御呼びと伺いまして」

「入れ」



襖を開けて三つ指付いて頭を下げ、部屋へ入る。

ぶっちゃけ忍者なのだから天井裏から登場した方がいいのだろうかとも思うが、そうだと埃アレルギーのきらいがある氏直様の喉に悪い。

なるべくこのあたりの部屋では埃を立てないように女中や小姓に指示を出しているのは梔子自身なのでそれもできないわけである。



「来たか、白星。・・・誰ぞ茶を持て三人分だ」



ぺこ、と頭を下げて縁側に控えていた小姓が退出する。

彼らは忍に茶を立てるのかよと言いたいはずが、命令なら仕方がないのと風魔も梔子も彼らより城でも国でも重要な人物と承知なので渋らない。



ちなみに喉とはいっても氏直様のそれはどこぞの天才軍師のようなゴホゴホと血を吐く咳ではなく、立て続けにくしゃみが止まらなくなるという難儀なものだ。

花粉症の年中版といえばいいのか。

月に五度はいつもは凛々しい目元が涙に濡れて鼻をぐずぐず言わせるもんだから悲しいかないくら婆沙羅の扱いが上手かろうと頭が良かろうとも彼には何故か威厳が無い。

いや、病弱さが無くなり戦に出て戦場で家臣に指示を出すときなど素敵なぐらい威厳はばっちりあるのだが、かもし出されるような威圧感と言うか近寄り難さと言うか、今みたいに普段の生活や私室でくつろいでいるときなどではそういう武将っぽいというか男らしい所が無かったりするのだ。

ついでに梔子は付きっ切りで看病をする羽目になった際、弱りきった彼のすぐ傍に居たので、いっつも「来るな寄るな触るな」みたいな人嫌い次期頭首様が子供帰りしたのか熱に浮かされ「もうしんじゃうのかぁ・・・」とか言ったのを聞いてたまげたりした過去もある。



考えてみたら初めてコンタクトとった頃、病弱すぎて奥方の西郡局様に逃げられたからいろいろ精神的に弱っていたのかもしれないこの人も。

今となってはいい思い出だ。



「久しく会って無かった、どうしていたのか話せ白星」

「はい。変わりありませぬ。医者に会わないことは良いことにございますゆえ」



頭巾の中からくぐもった声で梔子が答えれば、氏直はふんと鼻を鳴らす。



「督(とく)がおまえに会いたいと言っていた。今度会いに行け」

「督姫様が?」



督姫といえば今だ幼い氏直様の御息女だ。

御正室の西郡院様が家に帰ってしまった時に置いていかれたちっちゃな女の子。



(史実では西郡院は徳川家康の側室で、その次女の督姫が北条氏直の奥方です。)



「あれがおまえに懐いていることは知っているだろう、あれには母がいない、もうこれからは母から取り上げたおまえが相手をしろ」

「・・・・・・ええー・・・すみませぬ無茶言わないで下され」

「しろと言ったらしろ」



取り上げた、というのは奪ったとか言う意味ではない。

ではどういうことなのかと言えばそれはお産に付き合った一人だからだったから。

さあ陣痛だ破水だというときに西郡院様に付けていた産婆がぎっくり腰で倒れた挙句、大雨で代わりの者を呼べなかったのだ。

そこでなんとかしやがれと無茶振りされたのがその時城の警護に当たっていた忍で女で医術師の梔子。

氏直様はその時幸いにもというか体調が落ち着いていらっしゃれたので「さっさと行け」と背中をぶったたかれお産に放り込まれた。

産婆をするのが初めてじゃなかったのもあり超が付くほど安産で取り上げてやれて経過も順調母子共に健康ホッとしたら、西郡様が家に戻された。

どうも御家の方々は娘が嫁いだ先が病弱で家を継げるかわからない氏直だということに元々不満を持っており、生まれたのが女の子だったのが決め手になって呼び戻したそうだ。



ぽかーん、である。

母を求めて泣く姫様の相手をしていたのは付いていた乳母だが、何をしても泣き止まない。

そして氏直の傍だとまだ落ち着くらしく姫様は戦国の武家とは思えないぐらい殆どの時間父親に抱っこされているか傍で寝ていた。

そんな時、今日のように梔子が氏直に呼び出され部屋に入り、姫様を抱っこする機会が在った。

するとたちまち姫はきゃっきゃと笑ったのだ。

包帯まみれで眼しか見えていない不気味な女を見て笑うなど最初は氏直は引いたが、立ち会った産婆だったことを思い出しきっと何か縁のようなものがあるんだろうとそれからこうして梔子を姫に会わせようとするわけである。



「お世話も遊び相手も文句は御座いませぬ。ですが何処の出とも知れぬ忍が母親代わりなど、その、姫様に悪い影響を与えましょう」

「俺の判断を間違いだと思うのか。」

「、いえいえ、そのような」



じろ、と氏直は梔子を睨む。

実はこの人「未来を見通す不思議な力を持っている」とか言われちゃうくらいには賢君なのだ。



そうしていると、すっと小姓が入ってきてお茶を前に置いた。

氏直はそれを手にとってごくっと喉を鳴らして飲む。

梔子もそれに倣い口をつける。

隣で頭領もわずかに口に含んでいた。



「氏直様。」

「なんだ」

「督姫様のことは、時間の許す限りお傍に控えるようにいたしますことをお約束します。」

「そうか」

「ですが、今日、私や頭領まで呼び出されたのは何故でございますのでしょうか。とんと解らないのです」

「ああ、」



茶飲みを全部空にしてしまったらしい氏直は皿の上にカタッと音をさせてそれを置いた。



「明日、北条当主に俺が代替わりすることになった。」


「・・・・・・は?」

「・・・・・・、?」



梔子と風魔は顔を見合わせる。

聞いてた?知ってた?いや知らんかった今始めて知った。私なんも聞いてない。

そんな二人に氏直は、ぺらりとまだ墨の匂いが残っている紙を見せる。



「さっきこれを氏政父上が突然持ってきた。『明日ぢゃ』とな。風魔、お前も聞いてなかったのか」

「・・・・・・、」



ふるふる、と頭領は首を横に振って否定の意を伝える。



――北条氏政が嫡男氏直を北条第五代目当主に配する事を――



一行目を見て頭を抱えた。

まさか頭領に梔子を呼びに行かせている間に任命状をその場で書いて持ってきたのか。

そんな出たてほやほやな情報、さすがの頭領でも把握できなかったらしい。

せめて声で言っていたのなら風に乗って耳に届いただろうに紙の上の文字では無理だった。



「おめでとうございまする・・・・・・風魔が忍、梔子、お祝い申し上げまする」

「おまえは忍と言うより医術師だったろう」

「・・・・・・。」


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あきゅろす。
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