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連載番外編
兎の目


幸薄少女。


−−−−


勢いだったと思う。

その場の勢いで、というやつだ。


日食の日、約束の日、この世の終わるとある一日の真っただ中。


入れ物を壊されたくせして数百年かのあいだにその致命的な弱点をどうにかして克服していたらしく笑みさえ浮かべて見せる、我がボス(今は隣国の皇子様)のお父上。

膨大な質量の賢者の石をその身に詰め込んだ、フラスコの中のホムンクルス。

その彼が、我がボス殿の胴に躊躇も遠慮も無く片腕を突っ込み「喰らおう」としていたその時。

グリードさんが、跡形も無く消え去ろうとした時。



まだ、身体が勝手に動いた、といえば聞こえが良い。

すでにその時の私はと言えば。

身体のそこかしこが悲鳴を上げていて、傷口から流れた血液が目に入ったのか、それとも長時間の高血圧が祟って血管が破れたのか、眼球の奥が真っ赤になってそれこそ本物の兎の目みたいになっていたらしい。

実際の所、記憶にある視界も赤く染まっていた気がしなくもない。

記憶にない部分は脳みそから飛んでいった分の時間だ。



人に聞いた話では、私はあの「父」とグリードさんの前に飛び出して、「父」のなんらかの攻撃を貰ったのだ。

身体を引き裂いていったのが、高速で錬成された尖った岩だったのかどこからか生まれた雷だったのかは知らないが、とにかく私は腹に風穴が空いたそうだ。



グリードさんが血まみれになった私を抱えて「錬金術を使える医者はいねえのかあ!!」と体を共有している糸目男と同じ台詞を叫んでいたような記憶もあったりする。

それが死にかけの意識が見せた幻ではなければいいなあ、と少しだけだが思う。少しなんて嘘だけれど。



グリードさんの真っ赤な目が、真っ赤な視界の中で、真っ黒く見えた。



「おいこらガキィ!!この俺に、女に庇われて死なれるなんて不名誉を擦り付けるつもりじゃねえだろうなあ!!?」

「そんなわけ、・・・無いじゃ、ないですかぁ」

「医者連れて来い医者!!喋るんじゃねえ!!」

「・・・・・・はぁい。」



ごうごうと風の音だか脳の血管を流れる血だかの音がうるさい。

とにかく輸血をだとか安全なところへ運べだとかなんだとか、もう言葉もわからなくなってきた。

元々、私はこの国の言葉はカタコトだ。

最後に聞く言葉が母国語でない事にはなにかぼんやりしたものが流れるが、別に不快でも不満でもない。



自分が異世界人であることに少しだけ感謝することが一つだけある。

この世界で私が死んだところで私の魂が賢者の石になることはないらしいのだ。

人間を直接賢者の石にしてしまえる力に呑み込まれれば、呑み込まれた人間はただの消費されるエネルギーになる。

だが私はそうはならないのだ。

万一「父」に取り込まれたとして、エネルギーとして使われることは無い。

「父」に命を奪われたところで、敵のエネルギーという名のグリードさんの敵になることは無い。

それだけは救いだ。

おかげで弱い私でも全力が出せた。


ああ、でも。

その不名誉はグリードさんにとっての結構な屈辱かもしれない。



(金も、女も、地位も、名誉も、この世のすべても、でしたよね。)

(せめて、不名誉だけは避けなくては)


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あきゅろす。
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