4話『主人と犬』
あれから次に目が覚めると見慣れた風景が視界に広がった。
床で寝ていたはずの俺は自室のベッドにいることに気付いた。これもきっと岡田さんだろう。
しかし、晩御飯も食べずにこんなに寝ていたとは。俺が目を覚ました時には日付が変わり、朝になっていた。
「……あれ?わんこおらん。」
昨日、一緒にいたはずの犬の姿がベッドの中で見えず、どこへ行ったのかと周りを見渡すと部屋がぐちゃぐちゃだった。
かごに入ってた洗濯物はひっくり返してあり、飾ってあった写真立ては床に落ちている。
「なんなん、これ。」
『お?やっと起きた…!』
あれだけ派手にやったのに起きないんだもん、なんていいながら伸びをして欠伸をした犬に俺は不機嫌に言った。
「……なんちゅうことしてくれたん?」
『人間は起きんのが遅い!しかも、あたしお腹空いた。』
犬に従わさせられるなんて。どっちが主人でどっちが愛玩動物かわからない。
しかし、餓死しても困るから食事を用意するために起きた。
『はーやーくー!』
「着替えちょるん、焦らさんで。」
『たく、トロいんだから!』
生意気な口を叩く犬に少々イラつきながら着替えていた俺は今まで着ていたパジャマを脱ぎ捨てた。するとすぐに犬の餌食になっていた。
それをくわえるとすぐに振り回し、足で押さえて引き裂く行為を繰り返す。
「(もう着れんな、あれ。)」
はぁ、とため息をつき眠い目を擦り、部屋を出た。朝が弱い俺は日中より覇気がなく、足取りが重かった。
ところで俺の自室は2階にあり、長い階段を降りて右がキッチンになっていた。
キッチンに来ると岡田さんが朝食を作っているのかなにかを切っている音が聞こえた。
「おはようさん、岡田さん。」
「あ、雅治さん。おはようございます。わんちゃんどうしてますか?」
「部屋グチャグチャにされた。」
「そうですか。そうでしょうね。」
元気なのは結構ですが、元気過ぎるのは困り者ですね。なんて苦笑していた。
きっと昨日、部屋の片付けが大変だったんだろう。
「のう、岡田さん。昨日買ってきてくれたドッグフードほしいん。」
「今用意しますね。」
岡田さんは料理を中断し、ドッグフードを用意してくれた。
犬用に使ってください、と言われて渡された器に適当な量のドッグフードを入れて部屋に帰った。
「わんこー。」
『!』
「メシ持って来たなり。」
床に置くとなにも言わずに与えられた飯を食べる犬をこれはしつけるのが大変だ、と心の中で思いながらただ横目に見ていた。
そんな時間をかけずにペロッ、っと食べきった犬は満足げに口周りを舐めた。
それから犬が次にとった行動で俺は怪我をすることになる。
『水が欲しいー!』
「ちょ、落ち着きんんしゃい!」
そう叫びながらステンレス製の器を口にくわえて暴れ始めたのだ。
俺が必死に止めようとしていることに気づかず走り回る犬。
くわえていた容器が口から滑り、勢い余って飛んできた容器は俺の頭に当たった。
「『!』」
グワングワンと大きな音を立て、茶碗は床に落ちた。
俺はぶつかった勢いでよろけ、立てかけ型の鏡にぶつかり、鏡ごと倒れ込んだ。
どうなったかは言わんでもわかるじゃろう。鏡は割れてしまった。その破片で俺は右手を深く切っていた。
犬はというと、その時の鏡が割れる大きな音にびっくりしてベッドの下に入っていった。
『……人間……』
それから、なにも起きないことを確認して犬は心配そうに近寄ってきたのを見て俺は口を開いた。
「わんこ、ケガはなか?」
『うん、ない。』
「よかった……」
出血がヒドいというのもあるが、眠かったのもあり、そのまま俺は気を失った。
それを見てか否か、犬が吠えていた。それとも夢だったのか。夢でないとすれば岡田さんに気づいてもらうためだったのかもしれない。
『この人間、バカだよ。』
犬がそう呟くように言ったとき、俺はすでに夢の中だったからその声ははっきりとは届かなかった。
『なんでここまでするの?なんであたしを心配するの?』
ふわふわ揺れる視界のどこかからそうで聞こえたような気がする。
その問いに答えるなら俺はこう答えるだろう。
「それは俺が人間で、おまえが犬だから。動物は人間に愛されて生きて行くものじゃ。」
俺がおまえの飼い主になっておまえを幸せにしてやりたいから――と。
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