3話『敵は孤独』
唸り声一つで怯えているのか怒っているのかがわかれば、あんな行動はしなかっただろう。
岡田さんにもらったパンを食べさせようとズカズカと相手の領域を冒すなんてことは。
「食わんの?」
『ガルルルル…』
「オイ、わんこ。」
パンを食べさせようとして犬の前に差し出した手をガブッとかまれ、驚いた。
その手を見れば思いっきり歯形が付き、かすかに血も出た。
子犬とは言え、歯は立派ならしい。
『ほっといてってば!』
「……かまれた……」
「ま、雅治さん大丈夫ですか!?」
犬の唸り声を聞いて、心配して見に来てくれたのか。岡田さんが俺を見てすぐに救急箱を抱えて慌てて飛んできた。
そして、冷静さを失った岡田さんは怪我した俺ん手を消毒するとぐるぐるに包帯で巻いた。
包帯はいらないんだが。
「岡田さん、まず落ち着きしゃい?俺平気じゃけ。」
ふつうにしている俺を見て、本当に大した傷ではないとわかると岡田さんは落ち着いた。
「こんな凶暴なわんちゃん、お家では飼えませんよ?」
「平気。調教する。」
「しかし……」
「いいん、俺が世話するん。」
手当てを終えた俺は懲りもせずパンを持ち、犬に再度近寄れば案の定、さっきと同じように唸っていた。
経験したからそれが威嚇だとわかったが、唸られたり吠えられても俺は諦めず、怯(ひる)まず、犬に近づいた。
岡田さんは俺が本当にその犬を飼おうとしているんだと理解したのか、ドッグフードを買いに行ってくれた。
『ほっといて。』
「腹減らんの?」
『減らない。』
「そうなんか。」
一向に距離は縮まらず、仕方なしに犬と俺の間にパンを置き、少し離れたところから見守ることにした。
しかし、見張り疲れていつの間にか俺は眠りについていた。
それから数時間、俺は体が要求していた睡眠時間を少しだけ満たし、目を覚ました。
「(暖かい……)」
恐らく岡田さんだろうと思うが、あのまま床で寝ていた俺にタオルケットが掛けられていた。
ありがたい、と思いながらふと犬がいた場所を見るが犬はおらず、さらにパンもなかった。
慌てて周りを見渡したが姿が見えない。
もし、悪さをしていたなら岡田さんの困っている声が聞こえてくるはず。
しかし、それもない。
落ち着いてよく感じてみれば、腹部が妙に暖かかった。さらに重みを感じた。
被せられていたタオルケットを少し開けて腹部を見てみた。そこにいた者を見て俺は驚きを隠せなかった。
「……あ、」
あれだけ威嚇していたあの犬が俺に身を寄せて寝ていたのだ。
寒かったのか、寂しかったのか…理由はともかく、隣にいてくれることがなにより嬉しかった。
『……マ、…マぁ……』
彼女が掠れた声で寂しげに夢の中で呼ぶ相手は自分の母親。
どんな夢を見ているかは知らないが、怖い夢を見ていることは理解できた。
「震えちょる。」
それは震えていたから、というのも理由だが、俺には何かに脅えているように見えた。
「大丈夫、俺がいるん。なにも怖くない。」
俺は犬を静かに抱きよせ、その温かさとシャンプーの香りに包まれ、再び眠りについた。
少しずつでいいと思ってる。
こももが俺を信じてくれる日がくれば、それでいいと思う。
だって、孤独という恐怖から逃げ切れたなら、幸せになれるのだから。
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