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2話『ハロー、ハロー』


珍しくテニスの試合に負けたあの日の話。練習試合と言えども、負けは負け。また俺んレギュラー入りは遠ざかった。


「しっかし、仁王が負けたなんて信じらんねーな。」

「そういうこともあるん。」


友人であり、同じテニス部として共に戦った丸井ブン太がひたすら慰めてくれたが俺は人に慰められたり、弱みを見せたりはしない。


「比呂士も心配してたぜ?」

「そうなんか。じゃき俺は平気。」

「そう?なら、また明日な?」

「あぁ。」


ブン太と別れ、一人家路を辿っていると空から一粒、また一粒と落ちてきた滴がアスファルトにしみを作っていった。

表には出さなかったが一人になると改めて悔しさが募った。そう、ただでさえ気分は憂鬱だというのに空までとなれば最悪だ。


「天気予報士の嘘つき。とんだ“詐欺師”やのう。」


かんかん照りの太陽の下も苦手だが雨も苦手な俺はすぐに軒下に走り込んだ。

はぁ、と大きなため息をついて自分の背負っていた鞄を床に下ろし、中からスポーツタオルを取り出して髪を拭いていた。


そこで出会ったん。

こももと呼ぶことになる犬に。


「……子犬。」

このとき、その軒下には小さな体の先客がおり、俺の視界に入ったその先客はひどく汚れており、痩せていた。


「今にも死にそうじゃけ。」

『失礼なこと言わないで!』

「……喋った。まさかな。」

『ちょっと聞いてるの!?』

「これは今流行りのドッキリか?」

『なにごちゃごちゃ…言って―――』


そう、世にも珍しい喋る子犬は力尽きるように地面に倒れ込んだのだった。


「……おい、わんこ?」


生意気な子犬を恐る恐る揺するが反応はない。

こんなみすぼらしい犬だが俺なりに考えた結果、この犬を持ち帰ることにした。

両親や姉、家政婦に怒られると理解していたが見殺しには出来なかったのだ。


「雅治さん、お帰りなさい。テニスの試合はどう………これはなんですか?」


俺のジャージにくるめた固まりを見て、家政婦の岡田さんが不思議そうに言う。

それもそうだろう。ジャージの固まりから汚れて真っ黒な尻尾が出ていたのだから。


「わんこ、その辺で拾うた。」

「犬?こんな汚れて…どうしたんです?」

「わからん。でも目の前で倒れたから放っておけんかったんじゃ。」

「奥様に知れたら怒られますよ?」

「承知の上、」

「そうですか……とりあえず、お風呂に入れて暖めて差し上げましょう。」


動物好きな岡田さんの親切で犬は見違えるほど綺麗になった。そして、暖められたことで元気を取り戻したのだが……。


『ひゃん!!きゃん!!』


元気を取り戻し過ぎたのか家中を走り回って植物の鉢をひっくり返し、床やドアを爪で引っかき、パニックゆえかはちゃめちゃにしてくれている。


「お、おやめください。掃除が…!」

『出せー!こっから出せぇぇぇえ!!』


ひたすら鳴きわめいているが放っておくのがいいだろうと思い、見ない振りをしてみることにした。岡田さんが一人、犬を落ち着かせようとしていたが。

時計の短針が1つの数字を飛ばしたくらいだったか、あれだけ騒がしかったのに犬がいた部屋からは物音がしなくなっていた。

諦めたのかもしれん。


『ママぁ……』


俺はこの犬を飼うつもりでいて、この時ペットができたという喜びで忘れていたのだろう。

俺に家族がいるように、彼女にも家族がいたことを。


「メシ食わんかな?」

「ドックフードは生憎ありませんが、パンなら食べるのではないでしょうか?犬は雑食ですから…」


あまり人間の食べ物をやるのは感心しませんが、と付け加えて岡田さんはパンを用意してくれた。それを受け取り、犬の元へと急いだ。

部屋にそっと入ると相手は俺が入ってきたことに気付いたらしく、身軽に立ち上がると戦闘態勢に入った。

耳を後ろに下げ、尻尾の毛を逆立たせ、唸り声をあげてこっちに来るな、と言わんばかりに警告していた。

しかし、当時の俺には犬の行動に関する知識がなかったゆえに彼女がなにをしているのかわからんかった。












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