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その2『見捨てないで』


「こもも、散歩ん時間じゃ。」


いつもと変わらない号令にいつも通り雅治の元へ飛んでった。

散歩と聞くとわくわくする。

一日の楽しみはそれだけではないけど、平凡なこももの一日の中では大きなイベントなのだ。


『雅治〜今日はどこに行くの?』

「そうじゃのう…今日は公園まで行くか。」

『やったね!』


雅治と歩きながら空を飛んでる鳥を見て吠えてみたり、一生懸命歩いている毛虫をじっと見ていたり、電柱のにおいをかいで誰のにおいか考えたり、雅治とくだらない話をしたり。

普段から家の中で走り回ったりしているし、別に歩かなくてもいいけど、そんなことが楽しかったりする。


『雅治、どうしたの?』


雅治が急に立ち止まったからこももの首が締まったのだった。

問い尋ねたのに雅治からの返答はない。


「仕方ないか…」


そう呟くとある建物へと向かって歩いていく。

こももは建物の中にはいつも入れないから雅治の用事が終わるまで外で待っている。

柵や木に縛り付けられたりしてね。


『雅治、雅治。こももも入っていいの?』

「ここはこももが入っていい場所なんじゃ。」

『やった!』


たいてい、建物の中は人間しか入れないけど、こももも入れるなんてちょっと嬉しくなっちゃった。

散歩コースの途中にあるこの建物はいつも素通りする場所。

そこから聞こえる仲間(犬)たちの寂しそうな声や嫌がる声を思い出し、ここがなんの建物なのか悟った。


『こ、ここになんの用事?』

「まぁ、麻酔打つから平気じゃい。」

『なに?麻酔ってなに!?』


雅治に連れられて来たのが病院だとわかってしまったのだ。

て、いうかこももどこも悪くない!

爪だって延びてないし、ご飯だって食べてるし、お通じだって――って、女の子はそんな話しないんだった。

とにかく元気なのよ!


「じゃあな、こもも。」


雅治の一言で我にかえった。悶々と考えてる間にこもものリードは知らないお姉さんの手に渡っていた。


『え?ちょ、なに!?雅治やだよー!』


雅治はこももの叫びに答えもせずに出て行ってしまった。

扉が閉まる音と同時にこももの尻尾と耳が下がる。


『(捨てられちゃった…?)』


最近、雅治に迷惑をかけた記憶はない。

大事にしてたドライバーの持ち手の部分(プラスチック)をかじってぼろぼろにしたくらいで……いや、十分迷惑か。

まだ怒ってるのかな?


「じゃあ、こももちゃんのお部屋はここね。」


金物のゲージに入れられると扉が閉められた。

上も下も右も左も犬がいて、みんな寂しげな声を上げている。


『雅治…』


それは例外ではなくこももも同じ。

その日、雅治が迎えに来るかもしれない、と期待を胸に扉を見ていたけど雅治はこなかった。

眠れぬ夜を過ごし、翌朝――。


「こももちゃん、おはよう。すぐに終わるからね〜」


甘ちゃんな感じのお姉ちゃんがこももの首に注射を打った。抵抗する間もなく、それを受け入れてしまったのだった。

それから眠気に襲われ、瞼が閉じていくのにも抵抗しなかった。

雅治に捨てられ、すべてがどうでもよくなっていたんだ。


『(雅治にはもう会えないのかな…)』


夢の中で思い浮かべたのは雅治の顔。でも、思い出そうとすればするほど雅治の顔が鮮明に思い出せなかった。

あれからどれくらい時間が経ったのかわからないけど、かなりの時間眠っていたのかもしれない。


「こももちゃん目、覚めたかな〜?」

『(このままずっと眠るんだもん。)』

「出ておいで。」

『(…絶対出ない。)』


横目でこももを起こしにきたお姉さんを見てわざと背中を向けて座り治した。すると抱え込まれてしまった。

唸り声をあげたけどお構い無し。

こももはどこかへと連れて来られたみたいで小さな台に載せられた。


「気分はどうじゃ?」

『雅治っ!』


敏感になっていたためか聞こえた声にいち早く反応した。

そこには大好きな雅治がいて、こももは力無く垂らしていた尻尾を高速で左右に動かして喜んだ。


「歯は綺麗になったんか?」

『…は?なに歯?』

「どうも、お世話様でした。」


なにがどうなっているのかわからず、混乱していた。

雅治はお姉ちゃんに挨拶するとこももを抱え、床に下ろして首輪にリードを繋ぎ、歩きはじめた。


『雅治!どこにいくの!?』

「……帰るんじゃけど?」

『え?』

「なに、どっか行きたいん?」


雅治がこももを捨てるわけがないのに捨てられた、なんてなんで一瞬でも思ってしまったんだろう。


『ううん。帰りたい!』

「変なやつじゃ。」

『雅治、今日は雅治のベッドで寝てもいい?』

「は?いつも俺んベッドで寝とうに。」


帰宅途中、雅治からこのことの過程を聞いて唖然とした。

病院に連れて来られるのなんて、なんたら注射(狂犬病ワクチン)の時くらいで病院に置いていかれたなんて初めてだったから動揺しまくってた。


『そんな話聞いてないよ!』

「言うと煩くなると思うて言わんかったんじゃ。迷惑かけてもいかんしのう。」

『酷いよ雅治!』

「じゃあ、次に病院連れていく時は暴れなさんな。」

『うっ…』


でも、よかった。

雅治に捨てられたらこもも生きていける気しないし。雅治とは死ぬまでずーっと一緒にいたいんだもん。

だって大好きなの!












** END **

20090411
番外編その2でした。
犬は歯槽膿漏になりやすいらしく、歯石をとらなくてはいけないそうです。
それで來恋の愛犬も病院に連れていったことがあったのですが、捨てられたとでも思ったのかゲージに入れられている愛犬を見たら完全にしょげていました。
それでこのお話です。





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