13話『大切なのは』
こももが体調を崩して2日。
彼女は食事は疎(おろ)か、水さえ口に出来ずにいた。
大嫌いな注射も大人しく受けているくらい弱っていた。
「こもも、平気か?」
『……』
なにを聞いても答えてはくれなかった。
いや、答えられなかったのかもしれん。
こももは見る見るうちに痩せ細っていき、こぼれ落ちそうなほど大きな瞳はもはや輝きを失っていた。
ユエが心配してかけてくる電話に応じることも出来ず、俺は彼女を看(み)ていた。
口から苦しそうに吐き出すのは胃液といやな色をした液体が混ざったもの。
粘膜を痛めたのか出血していたのだろう……血が混じっていた。
“もう、こももは助からない?”
“まさかこのまま死ぬんか?”
そう不安が胸をよぎったその時、ふと浮かんだのはまたあの言葉。
『こもものこと忘れてないよね?』
耳を下げ、背を向け、振り向き際に言ったこもものその言葉が胸に突き刺さった。
「(忘れる?俺がいつ忘れ――)」
その問いに返答しかけて気づいた。
俺の目はこももではなく、恋人のユエに向いていたと。
「俺のせい…?」
死を前に苦しむこももを見て、堪えきれず涙が頬を伝った。
その時、頬になま暖かいものが触れた。
それがこももの舌だと理解するのは時間がかかった。
『泣…か…ない…で?こもも…へ、きだから……』
苦しだろうに立ち上がってそばに来たこももを見て、決心は固まる。
愛情が薄れたわけではない。
恐らく、100%受けていた愛情が偏った(もしくは半減した)ことにより元気をなくし、体調を崩したのだろう。
そういえば、ユエと付き合い始めたときこももが悪いことをしたことがあった。
しかし、俺は適当にあしらい大して叱りもせず、外の柱にこももを繋いで反省しろと言っただけ。
「もしかして…あれから?」
風邪をひいた延長で体調を崩したのかもしれない。
気落ちしすぎて体調を崩したのかもしれない。
その辺の記憶があまりなくて、こももには申し訳ないとしか言いようがない。
“反省しなさい”
そう誰かに言われた気がした。
目の前では苦しむ愛しい家族。
今、俺に出来ることはユエと別れ、こももだけを愛すること。
もちろん、翌日には跡部から殴られるだろうがこももの受けた辛苦に比べたら何でもない。
それから俺は三日三晩、寝ないでこももの世話をした。
「また散歩、行こうな?」
ここで彼女を失うわけにはいかない。
彼女は俺の大切な家族であり、理想の恋人像であり、最愛のペットだから――。
『なに泣いてるの?』
ふと目を覚ますと俺をのぞき込むこももがいた。
自分で顔を触れば彼女が言うとおり目尻が濡れていた。
『約束の10時だよ!』
「なんの約束じゃ?」
寝ぼけた俺が目をこすりながらそう言えばすごい眉間にシワを寄せるこもも。
はっきり言うと不細工。
『さ・ん・ぽ!今日は学校休みだからもっと寝たいって言うから寝かしてあげたの!!』
「あーそうじゃったな。」
『顔洗って、髪の毛ワックスでくしゃくしゃってしたら行こう?』
「はいはい、」
重ダルい体をベッドから起こし、支度をし始めた。
不思議なことにこの数日、数々の過去の思い出を夢で見ついた。嫌な予感が俺を怯えさせていた。
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