12話『飼い主失格』
夢を見た。
それは跡部邸で使用人として仕える中村ユエとの思い出だった。
こももというものがありながら、成長していくと同時に俺は“女性”を求めるようになっていた。
いつしか、お互いを意識していた。だから、知り合ってから恋人という形になるまでそう時間はかからなかった。
俺の変化を一番近くで見ていたこももがある日の夜、散歩中に出会(でくわ)したユエに会うことになった。
「あ、雅治。愛犬の散歩?」
「あぁ。ユエはなにしとう?」
「景吾に買い出しを頼まれたの。」
「アイツ、ユエを女やと思っとらんな?」
「あはは、違いないわ。」
少しの会話の末、こんな夜に女が一人で出歩いているなんて――それも自分の彼女――不安でならなかった俺はユエを自宅まで送ることにした。
「ごめんね。家は逆方向なのに…」
「いいんよ、」
家の前で別れを惜しみつつ、優しくユエを両腕で抱きしめ、唇を重ねた。
それからぎこちない挨拶を交わし、そこでユエと別れた。
するとそれまで一緒にいたことを疑うくらい静かだったこももがついに口を開いた。
『雅治、あれは誰?今なにしたの?ねぇ、こもものこと忘れてないよね?』
そう言う彼女に俺は何でもないかのように告げた。
だって、犬には関係ないことだからだ。
「忘れるわけなか。俺がこももをどれだけ大事にしちょると思っとう?」
しかし、彼女をもっと気にするべきであったと後に後悔した。
あれは俺が自宅には帰らず、ユエの部屋で甘い時を過ごした日の話。
一晩、夜を共にしようと約束を交わした。
恋人同士の営みも終え、二人で同じベッドに寝ころびながらダラダラとくだらない話をしていた時だ。
俺の携帯が着信を知らせ、振動した。
「はいはい、」
「夜中にすいません。今、どちらにいらっしゃいますか!?」
電話の相手は岡田さんだった。
慌てた様子でかけてきた電話の内容はこうだった。
“こももちゃんが大変です!”
それだけではなんのことかわからず、岡田さんの続きの話に耳を傾けた。
しかし、悠長なことは言っていられなかった。
俺はユエに事情を説明し、ズボンをはいてシャツを羽織り、財布と携帯を持って彼女の家を飛び出した。
向かう先は自宅。
こももの声が記憶の中で弾けたのは必死に走っているときだ。
『こもものこと忘れてないよね?』
なにかとんでもないことをやらかしたのではないかと不安を胸に自宅へ帰れば、初めに噎(む)せる声が聞こえた。
「一体、なんなん?」
バタバタと忙しく走り回るのは岡田さん。
俺に気づくと目を大きく開き、すぐに目を細めて安心した表情で近づいてきた。
「雅治さん、帰りが遅いですよ。」
「一体どうしたん?」
「雅治さんが帰ったならもう大丈夫ですね!ささ、お近くに。」
そう背中を押され、俺はなぜこんな事態になったのかわからず、こももを目の前にした。
呼吸を乱しながら小刻みに体が震えていた。
彼女になにがあったのか、ユエしか見えていなかったこの時は理解できなかった。
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