11話『お転婆』
朝、目覚まし時計が容赦なく鳴り響く。
布団を深く被り、手探りで目覚まし時計を探す。しかし、いつもの場所に時計がないため、時計を探すのに苦労している。
『雅治ーおはよー!朝ですよー!』
「もうちょい寝かせ……」
『寝ちゃダメー!!』
枕元に目覚まし時計があると気づき、手を伸ばした。
その手を阻止するかのように重みがかかる。
上からこももが止めさせまいと手に手を重ねたのだった。
「こもも、重いん。」
『気にしなさんなー』
「うるさいし、」
『起きれば問題なしー』
「まだ眠いし、」
『もぉ!ブンちゃんが迎えに来ちゃうよ!?』
「今日はサボり。」
『……ママに言いつけちゃうよ?』
「あぁ、わかりました、起きます。」
起きようとするとこももの目が輝くのが見えた。なにかたくらんでいるとわかる。
『じゃ、顔洗って散歩行こう?』
「やって、学校―…」
『今日はお休みだよ?』
「………寝る、」
バフッと布団を頭まで被り、眠りにつこうとした。
こももに睡眠妨害されたからだ。
『散歩行きたいー!』
「じゃって、なんか変な夢見て疲れたん。」
『なんの夢?』
「こももん夢、」
『マジぃ?良いことじゃない!』
「オネショした時ん夢とかが?」
『それはダメー!』
「見ちゃったんじゃからダメ言われても…」
俺はこの朝のやりとりも好き。
朝一番に目覚め、愛する者の声を聞けるのは幸せだ。
『でも、珍しいね?そんな昔の夢見るなんてさ?』
「ん、こももがブンを追いかけ回すとこまで見た。あとは覚えちょらん。」
『あれはだって、逃げ回るからおもしろくてさ?』
俺の布団の中に潜り込んで来るなり、隣に寝ころぶこもも。
頭を撫でてくれと言わんばかりに俺にすり寄ってくる。
それが可愛くて俺はこももをまたも甘やかしてしまうのだった。
『散歩はまだぁ?』
「まだ6時じゃよ?」
『そうだけど……』
「10時に起きる。それまでは寝る。休みなわけじゃし。」
『仕方ないなぁ。じゃ、こもももそれまで寝る〜』
結局、二人で眠りにつくことにした。
俺はこももを拾って4年が経った今でも彼女と生活を共にしていた。
季節は春。
ピンク色に染まった景色に俺は一人感動していた。
『ピンクってどんな色?』
「あれ、」
指を指した花びらを見ても反応はない。
その時、犬は色を識別できないとわかったのだった。
『これがきれいなの?よくわかんないや〜…』
「あ、花びらが落ちてきた…」
『!』
まるで猫のように構えるこもも。
身を低くして、花びらに飛びつこうとしている。
『うりゃあ!』
しかし、風の抵抗に弱い花びらはヒラリと彼女を避けた。
『なにー!?なかなかやるな。』
この日はこももが生まれて初めて経験する春だったはず。
そんな春、落ちている花びらをかき集め、食べれもしないのに口に一杯くわえてむせる。
『ッ、ゲホッ!』
俺はただそれを見て笑う。
尻尾を巻いて耳を下げたこももがあまりに可愛くて、岡田さんに持たされていたカメラで写真を撮った。
しかし、撮影する際にカメラのキャップを外すのを忘れていた。
現像したときにショックを受けたのは今でも忘れない。
思えばこももとの思い出というのはすべて俺の記憶の中にしかない。
つまり、こももという犬は記憶の中でしか生きていられないということをいつか思い知らされることになるのだ。
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