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1話『ペット』


一日最後の授業終了の合図で疲れがどっと押し寄せるように俺を攻めた。

じゃけ、疲れたなんて言うてられん。待ちに待った学校が終わるんじゃから。

ホームルームが始まる前に、終わると同時に帰れるよう鞄に教科書やらノートを突っ込んだ。

すると、朝配られた配布物が鞄の底でグシャッと音を立てたが気にしない。どうせたいした内容ではなかったし。

若干頼りない担任が教室に来るとホームルームが始まった。ダラダラとどうでもいい話に苛立っている自分がいた。

ホームルームの締めの言葉というのか、担任お決まりの台詞“また、明日”を合図に俺は教室を飛び出すようにして後にした。

期待を胸にして。

逸る気持ちから自然と足が速まり、それに連鎖して呼吸も速まった。

キミが待つ家まであともう少し。


玄関で俺の帰りを待っててくれてるだろうか?

それとも、待ちくたびれて寝てしまっているだろうか?


まぁ、どっちでもいいのだが。

意外と遠く感じる帰路で帰宅した時に彼女に会えることを思い、期待を保つ。

早く、この手であの柔らかいキミを抱きしめたい。ただそれだけ。


「もう3時46分か。早ようせんと…」


家に向かう途中、携帯で時間を確認しながら走った。

この時間帯は近所の住民が犬を散歩させる時間なのだ。もう少しすれば俺もそのご近所さんの仲間入りなわけで。

散歩している幾つもの組を横目に俺は家へと急いだ。


ようやく玄関の扉を前にすることが出来、鞄の中から家の鍵を探すがこういうときに限って鍵が見当たらなかったりする。

間もなく見つけた鍵を玄関の扉の鍵穴に差し込み、ひねる。扉を開ける瞬間が一番気持ちが高まった。


「こもも!」


愛すべき彼女の名前を呼び、扉を勢いよく開け放つ。が、彼女の行動に思わず唖然とした。


『む?』

「!」

『あ、まははる。おかいりー!』

「……………」


確かに彼女は玄関で俺を待っていたようだった。しかも、暇だったのか魔がさしたのか、ぼろぼろにした俺の服を口にくわえて。

飼い主としては甘いことに、目をまん丸くして「待ってました」と言わんばかりに尻尾を振る彼女を見てしまうと怒る気にもなれなかった。

だが、しつけはしなくてはいけない。

それが飼い主の責務。


「はぁ〜…」

『あり?雅治ーおかえりって言ったの聞こえなかったの?』

「聞こえた。聞こえたけどなんなん、これは?」


噛んで振り回しながら引きずって遊ばれたと思われる俺の服は修復不可能といえるまでの姿に変わり果てていた。

可哀相に。


「こんな悪いことして…お仕置きじゃけ!」

『やだぁぁぁ!!』


お仕置きという言葉を聞くなり、尻尾を丸めてこももは逃げ回るが俺は彼女を捕まえてしつけるべく、追いかける。

彼女はさんざん逃げ回った後、手が届かないベッドの下に潜り込み、情けない声を上げて言った。


『だって、寂しかったの。雅治がいなくてさみしかったの…』


ベッドの下をのぞき込むと耳を後ろに下げて怯えながら震えているこももがいた。

お仕置きよりもすべきことがあると俺は思った。

学校があったというものの、寂しがり屋の彼女が夕方まで一人で家にいたのは可哀相なことで、服を床に脱ぎ捨てて行った俺は悪かった。


「……独りにして悪かった。もう怒らんから出てきんしゃい。」

『ホントに怒らない?』

「二言はなかよ。」


俺の発言を聞き少し安心したのか、ばつが悪そうな顔をしてこももはベッド下から出てきた。


「寂しかったんは仕方ないのう。」

『うん……』


安心してもらえるようにゆっくりと抱き抱え、こももの頭を優しく撫でてやった。すると、嬉しいらしいが遠慮しつつ尻尾が小さく動いた。

今の今まで責められていたから、こんなものじゃ。


「悪かったのう。」


世話はかなり焼けるが愛しい彼女のために払う努力は少しも惜しくない俺。

なぜなら、嬉しいと尻尾を振るわかりやすいこももを俺、仁王雅治は愛しく思うからじゃ。


これは出会って間もない頃の話。

しかし、こももの世話で大変な日々はまだ始まったばかりだった。


『雅治?…あのね?トイレどうしたらいいかわからなくてその辺でしちゃったの…』

「……………」


そう、始まったばかり。












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