8話 臆病者
向日からのアドバイスを受けた唯智はすぐに元気を取り戻した。
“深く考えるな!”と言う言葉を念頭に置き、唯智は跡部や仁王、ほかの先生たちの授業中も自然にしていた。
ところがある日の授業中――唯智の中で事件は起きた。
「(岳人のパワーは唯智にすれば偉大なわけだ。)」
『跡部先生、ここはこの単語で間違いないですか?』
「あ、あぁ、」
跡部にしたら向日が羨ましかったのだろう。
無い物ねだりするつもりはないが自分とは違う力に憧れてはいた。
「なぁ?唯智、」
『あ、アイスコーヒー飲みます?』
「……あぁ、いただく。」
意気揚々と唯智は台所に立つと跡部のためにアイスコーヒーを用意しはじめた。
跡部はその姿を見て自分の表情がどれだけ緩んでいるのか知らないかもしれない。
「なぁ、唯智。俺、この間……」
『……はい、』
「なにもしてないからな。」
唯智の肩がぴくりと動いたせいでアイスコーヒーの中に入ってる氷がカランと音を立てて崩れた。
唯智は跡部の前に座り、コップを差し出すと俯いた。
「見回りに来たら部屋の鍵が開いてて、唯智を起こそうとしたんだ。そしたらお前、俺を抱きしめるから動けなくて朝まであのままだったんだ。」
『……私が?』
「そう、“私が”な。」
『す、すいません。』
「なんの夢見てたか知らねぇけど、ずいぶん幸せそうな夢だったんだな?」
『え?』
「“先生”って言ってた。」
『!』
「好きな“先生”でも出来たのか?」
そう跡部が顔をあげたときには唯智は出来上がっていた。
跡部は茹で蛸状態の唯智を見て笑いながらアイスコーヒーをすすった。
『そんなことあるわけありませんよ!第一…私はただの生徒だし。』
「そう思うのも無理はないな。だが、生徒である前に女だろ?」
『跡部先生、』
「そう、俺は教師である前に男だ。」
『……先生は生徒を好きになったことあるんですか?』
そう聞かれ、ぴくりと眉が動いた。
跡部は墓穴を掘らぬよう、しばらく考えてから答えた。
「おまえ自身がそう思ったんじゃねーか?」
『え?』
「さて、次は――あん?」
『なんですか?』
「いや、ずいぶんと宍戸もモテるんだなと思ってよ?」
カーテンの隙間から外の様子を見た跡部がそう言うと唯智も気になり、隙間からのぞいた。
そこには数人の女生徒たちに追われる宍戸の姿があった。
『本当だ。』
「ま、うちの教師はみんなモテるな。」
『……跡部先生も?』
「唯智自身がそう思ってるんだろ?」
『またそれですか?答えになってませんよー!』
頬を膨らませた唯智が次の瞬間、目にしたのは女生徒たちに手を引かれる仁王の姿。
彼も例外ではなく、生徒たちに人気があることを彼女は知った。
「……唯智?」
『………………』
仁王と生徒の楽しそうに笑う声が聞こえてくると、唯智はなんとも言えない寂しさが募り、胸に傷を残した。
その様子を見ていた跡部は知らない振りをしながら笑い声について言った。
「友達と楽しく学校生活送りたいよな?」
『あ、……はい。』
「焦るなよ?いつかそういう日がくるから。な?」
跡部に頭を撫でられると気持ちが楽になった唯智は泣きそうになったがグッと堪えた。
「次は忍足がくる。」
『あ、ありがとうございました。』
跡部が部屋を出ていくと唯智はもう一度窓の外を見た。
生徒たちと戯(たわむ)れる彼らを見て、距離を置こうと決心した。
多くの生徒たち(ファン)を敵に回すほどの自信がなかったのだ。
「……たく、唯智を苦しめやがって。」
「なんの話や?」
「!」
目の前に現れた忍足に多少動揺しつつもなんでもない、とだけ言い残してその場を去った。
悩める年頃なんかな?――と、忍足が暢気に笑っているとも知らず。
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