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5話 安心させて


数学の授業をしにきたはずの仁王はなぜか昼間から怪談話を持ち出し、唯智の恐怖心を煽(あお)った。

安心させようとするがなかなかそうはいかない。


「(悪いことしたのう、)」


反省するが、後の祭り。


「悪かった、唯智。ちょっとばかしからかうつもりで……」


その時間、授業にはならなかったのは言うまでもない。

仁王は宥(なだ)めるように唯智の髪を撫で、落ち着かせた。

ようやく口が利けた頃、仁王はあることを提案した。


「夜の散歩、付き合っちゃるきに。」

『え?』

「一緒なら少しは怖くなかよ?」

『……ありがとうございます。』

「俺が怖がらせたん。それぐらい当然じゃ。……あ、もう昼か。」


仁王はお詫びに、と言い唯智の部屋で昼ご飯を作り始めた。

香辛料の良い香りが部屋に広がり、唯智は嬉しそうに出来上がりを待っていた。


『本来なら私が作るべきでしょうに…』

「良いん。新婚さんみたいで、」

『し、新婚さん?それ、幸村先生も言ってましたがどういう意味ですか?』


唯智にそう言われ、仁王は幸村に先越されたことを悔しがっていた。


「亭主関白っ気があったとしても、新婚時代に一度は旦那が料理の腕を振るうもんなんよ。」

『へ〜?』

「……ちゅうことはお前さん、幸村に食べさせてもらったん?」

『朝食を一緒にいただきました。』


いつまで経っても幸村を越えることは不可能なんだな、と肩を落とす仁王。

しかし、魔王である幸村を敵に回すなど恐ろしいことも出来ないのだった。


「はい、出来上がり。」

『!』

「……口に合うかのう?」

『なんだか食べるのもったいないです。』

「今、食べんかったら冷めて不味くなるぜよ?」

『……あ、じゃあ。』


唯智はデジカメを取り出し、写真を撮った。

せめて、と思ったらしい。


『これでいい!』

「……………ぷっ、」

『なんですか?』

「ホント、可愛いのう…」


そう言った仁王のクールな顔は完全に崩れていた。

どこか無邪気さが残る笑顔に唯智も嬉しくなった。


『いただいていいですか?』

「どーぞ。あ、待ちんしゃい?」

『?』

「はい、あーん。」

『!?』

「なにしとう?こぼれるぜよ?」


仁王に差し出されたスプーンに唯智は戸惑いながら口を開けた。

口の中にものを置いてスプーンを抜き出すと仁王はおいしい?、と聞く。


『おいしいんですけど……』

「けど?」

『恥ずかしくてそれどころじゃ…』

「はは、そうか。」


仁王はどれどれ、と言いながら口にスプーンを運んだ。


『あー!』

「ん?」

『ス、スススプーン!そのスプーン!』

「あぁ、」


手に持つスプーンを見てニヤリと笑う仁王にドキッとせざるを得なかった。


「間接キスどころやないのう。間接ディープ?」


唯智の顔がますます熱を帯びるのを楽しそうに見ている仁王に勝てる気はしなかった。





夜の7時。

仁王は約束通り、唯智を散歩に誘いにきた。


『本当に来たんですか…』

「いらん親切?かなり迷惑?」

『あ、いや…嬉しいです、』


素直にそう答えた仁王はなにか納得がいかなかった。


「あー…そういうん反則。」

『え?』

「素直なんはよろしい。じゃけ、計算上手になりんしゃい?」

『計算上手?』

「(こんなストレートに気持ちぶつけられちゃ、なにかがおかしくなりそうじゃ。)」

『私、数学は勉強不足ですか?』

「……そういう意味じゃなかよ。……はぁ、素直なのが唯智の武器なんかのう?」


仁王は軽くため息をつくと唯智に手を差し出した。


『?』

「手はいらん?」

『……仁王先生が嫌じゃなければ、』

「嫌だったら最初から差し出さんよ。」


そう言われ、唯智は迷わず彼の手を取るが自分が知る男性の向日よりも一回り大きい手に驚いていた。

仁王は唯智を外に連れ出すと月を見て口を開いた。


「前から夜に外を歩くことってあったん?」

『あまりないです。』

「そうなんか。……唯智は月がなぜ光るか知っとう?」

『あ、はい。太陽の光が反射しているんです。』

「正解。ワンクッションさせて届く光、太陽ほど強い光ではないんじゃから唯智にとって心地よいもんと違う?」

『……確かに月の光なら、』

「せめて、太陽のおこぼれは受けとかんとな?」

『はい、』


会話が続かないわけではないが仁王が何かを察して沈黙する。


「…………?」


自分が黙り込んだおかげで唯智の手が微かに震えているとはっきりわかった。

夏、季節的に寒いことはない――と、すれば理由はいくらか絞られる。


「大丈夫か?」

『なにがですか?』

「……あ、さては昼間の話思い出したん?」

『昼間……今思い出しちゃったじゃないですかぁ!』

「クククッ、悪い悪い。」


ベンチに仁王が腰掛けると唯智を隣に座らせ、肩を抱き寄せた。


「ゆっくり、歩けばいい。」


そう言った仁王の言葉に唯智は震えていた。

理由はただ一つ――嬉しくて泣いていたのだ。





一方その頃、唯智の散歩に付き合おうと彼女の部屋を訪れた切原と丸井は窓から仁王たちの姿を見て苦笑していた。


「あ、あんなとこに!たく、仁王先輩の教科は数学だろぉが!」

「うわー…抜かりねぇな。」

「仁王先輩だもんな〜」

「暇だったんじゃね?」

「仁王先輩が暇?ありえねぇー!」

「仁王が変なことしないように見張らねぇと!」

「確かに、あの人ならやりかねない。」


と、いうわけでこれから仁王は丸井と切原に監視されることとなった。


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