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3話 訪問者たち


翌日、唯智の個人授業は特別授業としてすぐに始まった。

基本的に食事は自分で作るのだが初日と言うこともあり、幸村が朝食を作って初めの授業として部屋を訪れた。

唯智の起床時間が6時だったのは唯一の救いだ。

現在時刻は7時――身支度を終えている時間だった。


「よく眠れた?」

『はい!』

「よかった。たいしたものじゃないけど朝食作ってきたから一緒に食べよう?ついでに食べながら授業も。」

『ありがとうございます!』


幸村は唯智のためにフレンチトーストとミルクを用意していた。


『いただきまー…す。』


緊張しながらフレンチトーストをナイフとフォークで切り、口に運んだ唯智の表情はパァッと一瞬で明るくなる。


「お口にあうかな?」

『すごくおいしいです!』

「よかった。」


緊張することも忘れ、食べることに集中する唯智を見て幸村はなにやら手を動かしている。

疑問符を浮かべる彼女は出来上がったものを見せられると頬を赤らめた。


「ふふ、可愛い。」

『なにしてるのかと思えば…』

「唯智の課題はこれ、毎日絵を書くこと。何でも良いよ?」


幸村は唯智の表情を見て満足したのか、食事を始めた。

それを見ていた唯智はサラサラッと仕返し気分で幸村をモデルにデッサンを始めた。


『せーんせい?』

「ん?……ふふ、参りました。でもすごく優しいタッチだ。俺は好きな絵だな。」


唯智の頭を撫でて微笑む幸村は時計を見て「あぁ、」と残念そうに言葉を漏らした。


「次はきっと跡部がくるかも。俺も英語を担当してるけど、今日は跡部が担当してくれるみたい。」

『幸村先生、ありがとうございました。』

「楽しかったよ。新婚さんごっこみたいで。」


唯智の顔がまたも赤くなると幸村は優しく笑ってから立ち上がり、部屋を出ていこうと扉に手を伸ばした。

その時、タイミング良くも外から跡部がドアノブを捻り、部屋に入ってきた。


「あん?なんて面してんだ。」

『あ、お…はようございます。』

「幸村、なにしやがった?」

「俺はなにも?じゃあ、跡部よろしく。唯智に手を出したら――わかるよね?ふふ、」

「……………」

「じゃあね、唯智?」


幸村は鼻歌を歌いながら部屋を後にした。

跡部にジッと見つめられた唯智は慌てて英語のノートと辞書を持って跡部の向かいに座った。

そのノートを手に取り、見るとそこには英語で日記が書かれていた。

難しい単語は調べた――意味と読み方が文章の上にある――のだろう。


「随分と努力家なんだな?」

『昼間は部屋でほとんど一人なんです。がっくんが来ない限りは。だから暇人と言ってください。』

「……随分、謙遜なことで。」


力なく笑った唯智を見て、跡部は胸が熱くなった。

邪念を振り払うべく、再びノートに視線を戻した。


「英語で日記、か。いつからだ?」

『中学の時からです。』

「だろうな。感心する。」


それが跡部なりの褒め言葉だとわかり、唯智は嬉しそうに笑った。


「なんだよ…」

『がっくん以外に褒めてもらえたの…何年ぶりだろう。』

「……ふ、唯智ならいくらでも褒めるべき点はあるぜ?」


跡部はその時、いつか唯智のことを相談しにきた岳人が言ってたことを思い出した。


「唯智にとって、家族でさえ苦痛なんだ。アイツが欲しいのは太陽のような激しい優しさじゃなくて、月のような柔らかい優しさなんだ――」


その意味は明確にはわからない。

しかし、月と太陽ということを考えるとなにを言わんとしているのかわかる。


「(あのテンションの高くてブリブリの母親の元にいたらそう言いたいのもよくわかる。いわゆる過保護なんだな。)」


跡部は現在23歳で唯智は17歳。

生徒を諭す教師と言うより、友達として接してやるべきなのかもしれないと感じた。


「唯智?」

『……』

「唯智?」

『!』


窓にかかる遮光カーテンの隙間から外を見ていた唯智が跡部の声でハッと気づく。


「なんかいるのか?」

『あ、いえ……!』


火がついたかのように顔が赤くなる唯智を不審に思った跡部は外を見た。

そこには唯智に微笑む仁王の姿があり、さらに手を振っていたのだ。

仁王が女に笑いかけることは珍しくはない。

しかし、この隙間から唯智が外を見ていたことに気づいたのは仁王がこの部屋を気に留めていたからだろう。

未だに顔が赤い唯智を跡部は凝視し、口を開いた。


「唯智?」

『はい、』

「お前「「おっはよー!」」


遮るように現れたのは切原と丸井で跡部はため息を吐き、二人を見た。


「今は授業中だ、」


偉そうに彼は言ったが授業に関係ないことを唯智に質問しようとした人間が言えたセリフではない。


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