20話 幸せになりたい
仁王はゆっくり歩き出すとふと浮かんだ案に満足し、足を止めて唯智をジッと見つめた。
「朝日見に行こうぜよ、」
『ちょっ、無理です!』
「俺を信じんしゃい?」
仁王に半ば引きずられながらも車庫まで連れて来られると唯智は高そうな車ばかり並ぶことに驚いていた。
唖然としていたその時、ブォンとすごいエンジン音がし、仁王を振り返り見れば真っ赤なバイクのエンジンを唸らせていた。
『バ、バイク!?』
「ほら、後ろ乗りんしゃい?」
ヘルメットを手渡され、唯智はすぐに首を数回横に振った。
「大丈夫。ここと俺に捕まってれば、」
有無を言わさず、唯智はヘルメットを被せられると補助席に座らされた。
仁王はすぐに運転席に跨るとアクセルを開けた。
『ちょ、先生!?』
「捕まってんしゃいよ?」
スロットル(アクセル)を握り、グッと捻り込むとバイクが発進した。
唯智は目を堅く閉じ、仁王にしがみついた。
慣れるまでは仕方ない、と思い、仁王は走り続けた。
「(徹夜させてしまうのう、)」
仁王は目的を果たすためには徹夜することを余儀なくされたが、サイドミラーから唯智を見て安心した。
始めてバイクに跨った故か、仁王と接近している故か、緊張しているようで彼女の瞼が重なる気配はなかった。
夜遅くにバイクを走らせる、つまり頼りにならないライト一つだけが暗闇に光っていたが何時間か走れば日が登り始めた。
「唯智!海が見えた!」
バイクのエンジン音とヘルメットのせいで仁王が呼びかけた言葉はハッキリ聞こえなかったようたが、唯智は彼が指を指した方向を見た。
『(う、うみ……?)』
目の前に広がる景色はテレビでしか見たことがないもので、初めてみた本物(海)は一段と美しく見え、感動していた。
仁王は砂浜に降りることができる土手を見つけ、その脇にバイクを止めた。
「唯智、早よう。」
ヘルメットを外した仁王は日の出を唯智に見せたいが故に彼女を急かした。
しかし、やはり日の下に出るのが怖いのか口は閉ざしたままだった。
仁王は唯智の手を握り、目を見つめて言った。
「なぁ、唯智。初めて月の下に出た日を覚えとう?」
『は、はい…』
「あの時みたいに俺を信じてくれん?」
『……でも、』
唯智が躊躇している間に日はどんどん昇り、まだ地平線から顔を出していないというものの、周りはかなり明るくなっていた。
「昼間より朝の方が日の当たりが優しいんよ?ましてや今は日の出前。これから少しずつ太陽が昇るからいい練習になる。」
仁王にそう促され、唯智はヘルメットをゆっくり外した。
そして仁王の服の袖を握ると彼は笑った。
「なに遠慮しとう?」
仁王は唯智の手をしっかり握り、歩きだした。
砂浜まで来ると仁王は唯智を自分の背に隠した。
「ゆっくりでいいん、」
そう言われ、唯智は月の下に出た日を思い出した。
彼なら信じられる、そう感じたのかもしれない。
地平線から太陽が顔を出すと同時に唯智は仁王の背の陰から飛び出した。
「……唯智、」
『仁王先生?私、先生が好きだから…先生を信じられました。太陽とまた向き合えた。先生のおかげです。』
そう言った唯智を愛しく思った仁王はなにも言わずに彼女の手を握った。
「唯智?」
『はい、』
「好いとうよ、」
それを聞いた唯智は嬉しそうに微笑んで仁王を見た。
仁王は今まで見た彼女の笑顔の中で一番綺麗だと感じた。
「体に障(さわ)るといかんから帰るか、」
『はい。』
「また来ような?」
『はい!』
二人はまた長い時間をかけて学園に帰ってきた。
そこでは仁王と唯智が消えた、と大騒ぎになっていた。
「仁王!!」
「なん?」
「唯智を連れ回すなっつの!しかも太陽登ってんじゃん!」
すごい剣幕で仁王を叱る丸井。
しかし、唯智を見た切原が丸井を止めた。
「唯智が……」
「なにしてんだよ!早く家に、」
『大丈夫ですよ。もう、怖くもありません。』
そう唯智が言うと仁王が彼女の手を握った。
ことを察した丸井は知らぬ間の進展に驚いていた。
「(仁王に落ちたか…)」
めでたし、めでたし、と言いたいところだが、彼らは奴の存在を完全に忘れていた。
「唯智!」
『あ、跡部先生…』
昨日のこともあり、唯智は気まずいと思ったが心配は無用だった。
「俺は唯智に対して遠回りしすぎた。だからこれからは直球勝負だ。」
なぜなら彼はそんなことごときでへこたれないからだ。
さすが俺様。しかも諦めが悪い、と周りは苦笑しながら跡部を見ていた。
「あん?なにか言いたげだな。」
「「なんもありません、」」
「ふん、誰が諦めるって言ったよ?」
失恋をものともせず、跡部は奪還宣言をする。
「はーあ、ハッピーエンドまでほど遠いのう。参った、」
『(さすが、と言うのか…)』
唯智は思っていたより跡部が元気そうで安心していた。
むしろ笑っていたくらいだ。
「じゃけ、向日に了承得ておけば良い話やのう。」
『了承?』
「唯智は今日から俺ん彼女になったからよろしく、ってな?」
『許してくれますかね?』
「ダメとは言わせん。」
仁王がそういうと唯智は笑って返事をした。
幸せそうな二人を見て教師陣は満足だった。
跡部もまた、この時は邪魔しようとも思わなかったのだ。
唯智は仁王と日の下に出ることが出来たことを日記に残すことにした。
「唯智にとって、家族でさえ苦痛なんだ。アイツが欲しいのは太陽のような激しい優しさじゃなくて、月のような柔らかい優しさなんだ――」
向日が唯智を転入させようと皆の元に来たときに言っていた。
その意味を仁王がよく理解していただろう。
“彼は私のムーンライト”
『ありがとう、雅治。』
“そして、太陽よりも月のように優しく見守ってくれたあなたたちを忘れない”
『ありがとう、先生たち。』
“みんな私の大切なムーンライト”
最後に唯智は一文を書き加えるとパソコンから離れた。
彼女が一人で歩いていくときが来たのだ。
MooN LighT
私はもう大丈夫、だけど見守っててね?
** Thanks! **
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