18話 渡したくはない
切原は廊下を歩いていると窓から外を見た。
暗くてよく見えはしなかったが、二人の人物を間違いなく確認した。
「今日は跡部さんと散歩か、唯智も大変だな〜」
人事のように言った切原はふと疑問を抱き、丸井の部屋を訪れることにした。
ベルを鳴らしてドアを開けると甘い匂いで吐き気を催すがそれさえ我慢し、奥へと進んだ。
見れば丸井は上機嫌で綿飴を作っていた。
「なにしてるんですか!」
「気分がいいからな〜♪」
口笛を吹きながら機械に粗目(ざらめ)を流し込むと丸井は一つ綿飴を作り、切原に差し出した。
丸井からの恩恵に与(あずか)り、切原はすっかり目的を忘れ、上機嫌で丸井の部屋から出た。
廊下を歩きながら綿飴を食べていると前から仁王が歩いてきた。
「あ、仁王先輩!」
そのときの仁王は唯智が部屋にいないことを不思議に思い、渋い顔をしていた。
「おぅ、赤也か。どうかしたん?」
「聞いてくださいよ〜!今、ブン太先輩が作ってたのをもらったんス。」
片手に持つ綿飴を自慢げに見せてくる切原に仁王は眉をしかめた。
そう、呆れる話だが丸井は自分で綿飴を作る機械を持っているのだ。
菓子を丸井が分けた、なんていうのは相当ご機嫌なわけで珍しいことだ。
「それはよかった。ところで唯智知らん?」
「唯智?」
名前を聞いて丸井に言うのを忘れていたことに気づき、あー見た見た!、と切原は言った。
「今さっき窓から跡部さんと裏庭にいるの見たんですよ〜。もしかしてデートっスかね?」
「んなわけなか。唯智は俺と散歩する約束しちょるん。……アイツまさか、」
仁王は嫌な予感が渦巻き、切原の横をすり抜けてすぐに唯智を探して走り始めた。
切原は思い出したことを丸井に、そして事態を告げに彼の元へ戻った。
「丸井先輩?仁王先輩、唯智とられちゃったみたいですよ?」
「はぁ?なにしてんだよアイツ、」
「そういや、さっき跡部さんといるの見たなぁ〜って仁王先輩に言ったら走って行きました。」
「バカ、おまえ!なんでそんな大事なこと早く言わねんだよ!クソッ綿飴返せ!」
「イヤっスよー!」
丸井はおまえが早くに言ってりゃ仁王は跡部に先越されずにすんだのに、と切原を責めた。
切原は丸井にがみがみ言われ、落ち込んで小さくなっていた。
跡部の隣で唖然とパソコンの画面を眺める唯智。
あまりに時間が経ちすぎた為、画面がスクリーンセーバーに変わった。
それを機に跡部は口を開いた。
「なぁ、唯智。」
『は、はい…』
「驚くのも無理はないが、俺はずっとこんな形でも唯智を見てきた。周りはそんなやり方、俺らしくないと言いやがる。」
『少し強引なくらいが先生らしいですからね、』
控えめに笑う唯智の頬を包み込むように跡部の手が延びた。
「でもな、唯智が好きだから少しでも役に立ちたかった。だから、見守ってた。」
『………』
「俺がこれからは守る。だから仁王のところなんか行くな、」
唯智はアイツの称を知らないんだから、と付け加えた。
跡部の言いたいことが理解できず、なにより急な告白に唯智は戸惑って黙った。
頬に手を添えられている以上、逃げようがない状態にある。
仁王が好きだとようやく自覚できたが今まで支えてくれた跡部を遠ざけるなんて真似は残酷すぎてできなかった。
答えに躊躇している唯智がいた。
「唯智、」
黙り込む彼女に待てない、と告げると跡部は無理やり唇を奪った。
『ん!んんー!』
胸を押すがびくともせず、唇を貪られることを許してしまう。
その時だ。
「生徒に手を出すことはしないって前に言うとったんは誰やろうの?」
校内へ消えていったと二人を見ていた他の教師から情報を得、仁王は理事長室にたどり着いた。
しかし、間に合わなかった。
『に…お…せんせ…』
涙を流している唯智を見て冷静ではいられなくなった仁王。
愕然とするどころか仁王は跡部に近づいていき、頬を殴った。
『跡部先生!』
殴られた跡部をついつい心配して駆け寄ろうとしたが仁王がそれを許さなかった。
「あんな奴の心配なんかせんでいい。」
『でも…!』
「それとも何か?唯智は跡部とキスしたかったん?」
『そういうわけじゃ…でも殴らなくても!』
「じゃから、キスされたかったん?」
唯智の腕を掴み、唯智を静止させた。
跡部は殴られたときに口の中を切ったらしく、口の横から少量ではあるが血が流れていた。
それを手の甲で擦りながら立ち上がった。
「跡部、おまえさんには唯智を渡せない。いや、渡さない。」
そう断言する仁王を今の跡部は睨むしかできなかった。
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