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20話 幸せになりたい


それから数年後の夏。

太陽の下で麦わら帽子を被り、花壇の整備をしている者がいた。


「唯智さん、こんにちわー!」

『あ、こんにちわ!』


生徒に気持ちよく挨拶をする彼女は天紫唯智。

太陽の下に怖くて出られなかった彼女だ。


『あ、蝶々。』


長袖長ズボンを着用し、極力日に当たらないようにしている。

そんな彼女に陰が射した。


「あんま頑張りすぎると疲れるC!」

『慈郎先生、』

「言ってくれればパラソルここに立てたのに!」


そう言い、隣に屈み込んだ。

そして日傘を唯智に持たせた。


『ありがとうございます。』

「後で彼氏に全身にボディミルク塗ってもらえよー?」

『全身て…』


彼女が顔を赤くしたのは少し日焼けしたことにしておいてあげよう。


「そろそろ中入らない?丸井くんがかき氷作ってたの!」

『じゃあ、これだけ…』


唯智は一輪の花をはさみで切り、持ち帰ることにした。


「またそれで絵を書くの?」

『はい、』

「今日は誰?」

『……慈郎先生?』

「ん?」


金色の髪に映(は)える赤い花を唯智は芥川に差し出した。

すると芥川は嬉しそうに笑ってそれを受け取った。


「俺にくれんの?サンキュー!」


その時の笑顔を唯智はカメラに納めた。


『私こそ、ありがとうございます。』

「?」


唯智の表情が一瞬沈んだ。

しかし、それさえ忘れるくらい微笑むと芥川の服の袖を摘み、丸井の元へ行くように促した。


「丸井くーん!かき氷ちょーだい?」

「お、やっときたか〜!唯智はなに味がいい?」

『イチゴがいいです。』

「ならイチゴシロップに苺もつけてやる。ほい!」

『ありがとうございます!』


唯智は一口かき氷を口に運んで満面の笑みを浮かべた。

それを見た芥川と丸井は大満足だった。





その一週間後。


「ホンマなん?」

「別に俺はいいと思うけどな?」


忍足と宍戸に見守られながら唯智は最後の絵を生徒の寮の廊下に飾った。


『いつまでも甘えていられませんから、』


唯智はそういうと描き上げた芥川の絵を数歩離れて眺めた。


「アイツには言ったのか?」

『…………』

「言わんと怒りよるで?」

『良いんです。これが終わりじゃないと思うので、』


唯智は二人に頭を下げてお礼を言うと頭を上げて微笑んだ。


『幸村先生のところに画家セット返しに行ってきます。』


唯智は筆や絵の具などの画材を持ち、校舎へ向かった。


「こんなんで納得するか?」

「しねぇだろうな。」


その背中を見送った二人は寂しげにそう呟いた。

一方、唯智が美術室へ来た頃、幸村は絵を描いていた。

驚かさないように優しく声をかけた。


『幸村先生、』

「ん?どうしたの唯智。」

『何書いてるんですか?』

「あ、ちょうどよかった。もう少しで完成なんだ。待っててもらえるかな?」

『あ、はい。』


幸村から離れたところに座り、待つこと数十分。

完成だ、と言う声と同時に幸村は立ち上がり唯智のところに来た。


『これ…』

「初めて外にみんなで出た日に撮った集合写真だよ。カメラをセットしてた俺からはこんな風に見えたんだ。唯智にプレゼント。気に入ってくれるかな?」

『………先生、』


唯智がポロポロと涙を流すと、幸村は優しく笑いながらハンカチで涙を拭ってあげていた。


「間に合ってよかったよ。」

『え?』

「唯智のこと、なんとなく気づいてたからね。」


幸村はその辺に画材はおいといて言いよ、と言うと額縁に先の絵を入れて大きな紙袋に入れ、唯智に手渡した。


『あ、りがとう…ございます。』

「あと、これも持っていきな?1年も使えばこれがなにより良い筆だと思うよ。」


幸村は唯智にずっと使っていた筆を手渡した。

そして、また遊びにおいで?待ってるから、と伝えた。


『幸村先生、ありがとうございました!』


唯智は幸村に挨拶をするとすぐにその場を立ち去った。

永遠の別れではないのに悲しみ溢れた。


『涙は枯れない。どうして…?』

「涙が枯れる時は体内の水分が干からびたと思えよ?」

『…切原先生、』


体育の授業をしていた切原は唯智の姿を見て走ってきたのだった。


「なぁに泣いてんだ?唯智は泣き虫なんだな。」

『切原先生、私……』


唯智は左手に紙袋を持ってはいるが右には筆――それも前に幸村が気に入って使っていたもの――だけを持っていた。

彼女をを見て感じ取った切原は苦笑しながら唯智の頭を撫で回して言った。


「“またな”とだけ言っとく。俺、湿気たこと苦手だからよ?」

『じゃあ、“ありがとう”と言わせてください。』

「………」

『太陽の下で切原先生に笑いかけられるようになったのは先生の提案が始まりだったんです。』


“夜なら太陽の光がないわけだし”


『ありがとうございました!』


唯智は感謝の言葉を述べ、頭を深々と下げた。


「……唯智、たまには連絡しろよ?」


別れを惜しむように切原は唯智の肩に手を置き、言った。





――その夜。

意を決して立ち上がると一つの鞄だけを持ち、部屋を出た。

思い出があり、そして生活し慣れた部屋を後にするのは心苦しかった。

しかし、唯智は決めていた。


“自立する”


静かに部屋のドアを締め、鍵をかけた。

その鍵を持ち、舎監室へ来た。


「時間なわけ?」


そこにいた芥川は見ていたテレビから目を唯智へ移した。

そして優しく微笑んで言った。


「ずっといればいいのに、」


しかし、声は少し震えていた。

唯智は鍵を芥川に渡すと彼は彼女に手を出した。


「使ってたキーホルダーまだある?」

『あ、はい。』


唯智は芥川にキーホルダーを渡すと彼はさっとその鍵につけた。


「この部屋は唯智の。誰にも使わせないC。いつでも帰ってこれるように空けとくの、」


唯智の使っていた部屋の鍵を大事に芥川は保管することにした。

唯智は益々別れを惜しむが自分が決めたことから逃げたくはなかった。


『慈郎先生、ありがとうございました。』

「俺はみんなみたいに遊びに来て、なんて言わないから。」


俺が会いたくなったら会いに行くの、と芥川は言った。


“良い人に巡り会えたなぁ”


唯智はそう感じ、社宅を後にした。

門へ向かえば一台の車が見え、車を背に立っている人物に近寄った。

唯智の頭を撫でると本当にいいのか?、と聞いた。

彼女は一度だけ頷くと向日は車に唯智を乗せて走り始めた。


「あそこ(社宅)にいればいいのに。おばさんのところ帰る必要ないだろ、」


呆れながら言った向日に唯智は返事をすることはできなかった。

彼女の頬を涙が伝うのを横目に見ると向日は次にサイドミラーに目を向けた。


「!」


グッとブレーキを踏み込むと車はタイヤが鳴り、急停車した。

唯智がどうしたの?、と向日を見た時だ。

バンッ!と窓ガラスを叩く音がした。


「唯智!!」

『……せんせ?』

「勝手に出て行きやがって!俺になんの挨拶もなしに!」


唯智が出ていくことを知らなかった跡部は誰かから聞いたのか、慌てた様子で追いかけてきたのだ。

笑いながら向日は車のロックを外した。

すると跡部は唯智を車から引きずり降ろした。


「俺のそばにいろ、って言っただろうがバカ!」


跡部は唯智を大事そうに抱きしめた。

それを見た向日は唯智に言った。


「跡部がダメなんだよ、唯智がいないとな?」

「うるせぇ岳人!」

「良いんだぜ?唯智をうちに連れて帰ってやっても。」


向日が悪戯にそう言えば跡部は口の端を上げて笑っていた。


「連れて帰れない理由を作ってやる。」


そういうと跡部は唯智を強く抱きしめて言った。


「唯智、結婚しないか?」

「うぉい!跡部ぇ!!」

「うるせぇんだよ。プロポーズの最中に邪魔すんな!」


唯智は二人の言い合いを見て笑っていた。


『幸せ、だな。』


唯智はそう呟き、天を仰いだ。

そこには大きく、丸い月があった。


“ムーンライト”


『(暖かく見守り、時には優しく支えてくれる月。あなたがいたから今の私がいる。あなたがいたから頑張れたの。)』


――ありがとう。




MooN LighT
みんな大好き!





** Thanks! **



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