[携帯モード] [URL送信]
18話 渡したくはない


跡部が走っていると切原とすれ違った。

するとそれを見た切原は目を丸くし、すぐに跡部を引き留めた。


「跡部さん!」

「急いでんだ。後にしろ切原。」

「なんでアンタここにいるんスか!?アンタの姿、今見たばっかりスよ!!」


混乱している切原の言いたいことを理解できない跡部。

唯智のことも気になるため、時間はかけられないがとりあえず切原の言葉に耳を傾けることにした。


「なにを見た?」

「だから跡部さんっスよ!唯智といたの見たんですよ!!」

「……それは仁王だ。」

「え?マジっスか?」


放心状態の切原は正気になると状況を理解したのか詐欺師、と口を開いた。


「あ。でも唯智、知らないんじゃないすか?仁王先輩が変装得意だということ。」


跡部はそう聞くとすぐに走り出した。

仁王が変装の名人だと知らないなら、仁王を目の前に跡部自身だと安心しているに違いない。

そう考えると悪い思考が頭の中で回っていった。


一方、跡部に化けた仁王は唯智から唇を離すと疑問を抱いた。


「唯智は俺が好きか?」


そう問われると唯智は涙を流した。

それを誤魔化すように落ち着きのない様子で答えた。


『先生が好き。だけど…わからないの。先生はこんなんじゃない。』


そう言った唯智の言葉に仁王は驚きを隠せなかった。

体つきが似ている跡部に化けるのは仁王にしたらたやすいことだ。

それに跡部に成りきる自信はある。

そんなことを考慮すると唯智がなにか違うと目の前の人物に疑問を感じたのが不思議だった。


「はぁ、お手上げじゃ。」


仁王は唯智に観念したように言うと彼女はなにが起きたのかわからず、目を丸くさせた。

髪型を崩し、跡部だと思わせていた人物が仁王雅治であることを示すと唯智の表情は青ざめた。


『に…仁王先生?なんで?』

「俺が跡部ん声真似得意なん知らんわけなかろうに。」

『……あ、そういえばあのとき。』


唯智は思い出したのだ。

声をかけられて丸井だと思った相手が実は仁王だったこと、その時に真似て聞かせてくれた跡部の声を。

「騙して悪かった。じゃけ、騙された方も悪いん。」

『ッ、仁王先生だったってことは――』


唯智が自分の唇に手をかざす仕草を見ると仁王は申し訳なさそうに苦笑した。


「ふっ、悪いのう。」

『なんでそんなこと、』

「なんで?」


仁王は言葉を詰まらせたが深呼吸をして、ゆっくりと言葉を発した。


「言えば、唯智は苦しむかもしれんけど……許してくれ。」

『?』

「俺、唯智が好きなん。生徒としてじゃなくて、一人の女としてな?」

『……………』


仁王が唯智を見れば、予想していたとおりの反応だった。


「そう泣かんでくれん?」

『だっ、て…』

「……ほら、来んしゃい?」


優しく抱きしめると仁王は唯智の髪を撫でて落ち着かせようとする。


「なんで唯智は“跡部”が好き、って言わんの?」

『え?』

「“先生”が好きなん?」

『……わ、たしは――』


言葉を詰まらせた唯智の顔をのぞき込み、仁王は優しく笑いながら彼女の涙を指で拭っていった。


「今からそんなんじゃ、本番が心配じゃけ。」

『ほ、本番…?』

「跡部に告白せんの?」

『………言えません、』

「まぁ、それは唯智の自由。じゃけ、跡部のこと好きじゃろ?」

『……ッ、』

「俺ん気持ちはどうなるん?」


そう聞いて唯智は俯いてしまった。

しかし、仁王は顎をすくい上げると優しく頬を撫でながら目を見て言った。


「唯智が自分に素直になって俺に言うてくれたら……諦められるんじゃけど?」

『……わ、わたし。私は――』


唯智はしゃんと仁王の目を見て答えた。

仁王は失恋したことが事実となったが唯智が気持ちをしっかり持ったことを知ると嬉しくなった。


「そうそう、今ん調子でな?」


そう言うと仁王は唯智をキツく抱きしめた。

二度とない抱擁(ほうよう)を交わすため、唯智が苦しいと言っても力を緩めはしなかった。


「……時間かのう。」


そう言うと腕の力を緩め、仁王は振り向いた。


「王子様がお迎えにきたん、」

「仁王、」

「まぁまぁ、そう怖い顔しなさんな。おまえさんが口を出す権利はまだないじゃろうに。」


珍しく冷静じゃない跡部が庭まで来たことを知ると仁王は挑発したがすぐに身を引くことにした。

最後に唯智の手を取り、屈んで手の甲にキスをした。

それを見ていた跡部の眉間にシワが寄った。


「お姫様は王子と幸せにならんと、」

『仁王先生……』


そう言うと立ち上がり、その場を去ろうとした。

しかし、唯智が泣いている理由がわからず納得がいかない跡部は仁王を引き留めて吐かそうとする。

だが、仁王は本人に聞け、とだけ言うと踵を翻した。


『仁王先生!!私は仁王先生が大好きです!!』


ありったけの感謝の気持ちと彼への気持ちを仁王の背中に向かって唯智がそう叫んだ。

その声に仁王は立ち止まり、ポツリと言葉をこぼした。


「大失恋やのう、」


誰にも聞こえないような小さな声で言うと涙を地面に一滴こぼした。

それと悟られないよう返事の代わりに手をあげ、仁王は振り向くことなく去った。


後悔しつつも彼女が幸せになるようにと願いながら。


→NEXT


あきゅろす。
無料HPエムペ!