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1話 スタートライン


「よっしゃ!!唯智、着いたぜ?」


車から降りて周りを見渡しているとふと向日を呼ぶ声が聞こえた。


「がーくーと?噂のお姫さん連れてきたん?」


「お、侑士!!これから唯智をよろしく頼むぜ?跡部にもよろしく伝えてくれな?って、ことで〜」


日が沈んだ校門前には向日から連絡を受けた一人の男が立っていた。

それに安心したのかすぐに立ち去ろうとする向日。


『がっくんもう帰っちゃうの!?』

「早く帰らねぇと店番あるし。可愛い子には旅をさせろって言うじゃんよ?だから楽しめよ?じゃあな〜!」


未知の場所に置いていかれ、唯智が薄情者、と心中で呟いたのは言うまでもない。


「俺は忍足侑士。保健医やけど化学も担当してるん。仲良うしような?早ようここに慣れるとええな?」


唯智が忍足に挨拶をしようとしたとき、野次馬のようにぞろぞろと大人たちが寮の前に来た。

彼らは教師であるが夕方に唯智が来ると聞きつけ、仕事を切り上げてきたのだった。


「へ〜?結構可愛いじゃん。」

「お、押すなって赤也!」
「ブン太先輩が邪魔なんス!」

「ふふふ、二人とも?俺が見えないよ。」

「「……はい、」」


塞がれた道を易々と開ける男がいた――彼は幸村精市。


「君が唯智だね?初めまして。英語や美術担当の幸村精市です。……ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。気楽にね?」

「幸村くんがいる時点で唯智も身を案じた方が「なにか言った、丸井?」

「イイエ、ナンデモナイデス。」

『(なんかすごい権力を感じるな…)』


丸井と呼ばれる男とのやりとりを見ていた唯智は目の下に青筋を入れていた。


「幸村部長って昔っからあんなんだったから気にすんなよ?あ、俺は切原赤也。体育教師だけど丸井先輩の代役で国語もやるんだ。よろしくな?」


唯智は部長や先輩という称号を疑問視しながらも切原の話を聞いていた。

しかし、彼らが学生時代からの友人と聞き、納得した。


「俺は芥川慈郎。寮の舎監を勤めつつ、忍足の代役として保健医もしてんの。よろしくな!俺のことはジローで良いよ?みんなそう呼ぶし☆」

「ジローを“芥川”って呼ぶ奴のが珍しいぜ。あ、俺は社会科担当の宍戸亮だ。よろしくな。」

「あぁ、俺と忍足と宍戸と跡部は中学時代からの友達なんだ。あと岳人も、」


友達――彼女はまともに外に出たことがないため、友達や親友と呼べるのは向日だけだった。


「ちょ、俺まだ自己紹介してないんだぜい!?」

「だったら早くしてくればいいじゃないか。」

「(すっげえ、怖ぇー!)」


幸村に微笑まれ、丸井はそそくさと逃げてきた。

また遊ばれることを恐れた丸井は身代わりとして切原を幸村の方へ失礼にも突き飛ばすと安堵した。


「幸村くんにはなんかオモチャを与えとかねぇとな…」

「自分、オモチャやて自覚あったんやな?」

「いい気はしねぇけど怖いから逆らいたくもねぇ。おぉっと、俺の自己紹介がまだだった!天才教師、丸井ブン太。担当は国語と音楽。シクヨロ!」


明るく接してくれる教師陣に唯智の警戒もすぐに薄れた。


『(がっくん、なんとかやってけそうだよ……)』


そう胸の内で報告する。

その時、唯智にとって聞き慣れない方言が耳に入った。


「お、仁王。お疲れさんやな。」

「どーも。で?新しく入った子ってどんな感じじゃ?ま、向日がうちに頼み込むくらいじゃもんな。」


唯智の視界に入ったのはウルフカットで長く伸ばしたの白い髪の男。


「よぉ、初めまして。仁王雅治、数学教師じゃ。」


なにもかも見透かしたような瞳に動けなくなった。


「なぁ、仁王…跡部は?」


顎で示された方には一人、態度のデカすぎる男がおり、唯智は体を強ばらせた。


「岳人の奴、なんで俺様(理事長)を一番に呼ばねぇんだ、あーん?」

「アイツも忙しいんだろい?」

「自己紹介、跡部が最後じゃ。」

「納得いかねぇが……当学園の理事長の跡部景吾だ。幸村の代役で英語を教える。」


唯智がみんなに挨拶しようとしたとき、顔をあげると視界には宝石のように青い瞳が映り、あまりの美しさに釘付けになった。


「……ふ、可愛いじゃねえの。」

「口説くのやめぇや、跡部。怖がっとるやん(汗)」


あまりの美しさに目眩がするほど、彼の瞳は唯智にとって魅力的だった。

あまり見入っていれば変に思われるだろうから忍足に守られ、唯智はホッと安心して胸をなで下ろした。


『今日からお世話になります。天紫唯智です。よろしくお願いします!』


スタートラインに初めて立った唯智は照れくさそうに笑っていた。

それを見た跡部は一言「可愛いな」と呟くように言うが、それを忍足は聞き逃しやしなかった。


「部屋には俺が案内する。ついてこい。」

『よろしくお願いします。』


周りは気にしなかったが先の発言のこともあり、理事長直々に部屋へ案内することに対して疑問視したのは忍足だけだった。


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