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16話 嬉しいけど


打撲にヒビ、と重傷な唯智を見て宍戸は逃げるように走り去った。

全校生徒の無事を確認し終えた跡部は廊下で宍戸とすれ違った。

唯智の状態を知る跡部は彼になにも言えなかった。


「声だけでもかけに行くか。」


そう呟くように…いや、自分に言い聞かせるように言うと踵を翻(ひるがえ)し、唯智の元へ向かった。


「なんや?唯智に会いに来たん?」


保健室に行くと部屋の中を片づけていた忍足に会うことになった。

忍足は手を止めると跡部に鋭い、半ば睨むような視線を向けた。


「楽しいんか?」

「あん?」

「唯智を苦しませて楽しいんかって聞いてるんや。」

「なっ!………それはてめぇに関係ないだろうが。」

「……あーあ、唯智が可哀想やわ。このまま仁王に流れても知らんからな?」


忍足はそう発破をかけたつもりだったが跡部はそう感じなかった。


「まぁ、ゆっくりしていき?唯智は今眠ってると思うんや。」


一つだけ閉まるベッドを仕切るカーテンを指さして忍足は保健室を後にした。

跡部は躊躇しながらもカーテンに手をかけ、少しだけ開けた。


「唯智?」


返事がないため、眠っていると判断した跡部は彼女に近づきこう言った。


「ごめんな?」


しかし、跡部の言葉は唯智に届かなかった。

彼女の唇を端から端まで指で優しく撫でると跡部はすぐにその場を立ち去ることにした。



それと入れ違いになるように仁王が唯智の見舞い来た。


「唯智〜?」

『…ん、』


タイミング良く目覚めたお姫様は夢から覚めたばかりのためかボーとしていた。


「夢見とったん?」

『すごく嬉しい夢だった気がするんです。』


そう言う唯智を少し気にしてベッド横にあるイスをベッドから離して腰掛けた。


『仁王先生は今来たんですか?』

「あ、あぁ……」


夢で見た暖かい気持ちはなんなのか、唯智は考えていた。

夢の相手は仁王ではないとわかった。

なぜなら夢から覚めた後、仁王に会ったのに胸が高鳴らなかったのだ。


『あの…助けてくれたんですか?』


そう聞くと仁王はついそうだ、と答えた。

跡部に気持ちが傾きつつある唯智に気づいていたからだ。


『ありがとうございました。』


仁王は後に偽りだとわかって軽蔑されるとしても、目の前のおいしい展開を選んだのだった。









唯智はパソコンを触れるくらいまで回復すると日記書き始めた。

それを受け取る教師は胸を痛めていた。


『日記さん、こんにちわ。』


その言葉から始まる日記メールの内容は仁王のことだった。

関係が修復できたこと、お互い少しずつ歩み寄っていることを教師は理解した。


唯智は跡部に関して伏せていた。

避けられているから近づくべきではない、と感じたのかもしれない。

仁王と過ごす時間は唯智にとって楽しいものではあったが、跡部が気になっていたのは事実。


「足、よくなったん?」

『もう自力で歩けます。』

「よかった。」

『仁王先生にはお世話になりっぱなしですね?』

「いいん。唯智のためなら出来ることやるまで。」

『……ありがとうございます。』

「なら、散歩行かん?松葉杖があると鬱陶しいもんな。」


仁王は立ち上がると唯智に手を差し出した。

彼は捻挫していた唯智の松葉杖がなくなるのを心待ちにしていたのだ。

少し遠慮しつつ、その手を握った。

そして部屋を出た。

すると、ちょうど廊下で見回りをしていた跡部と鉢合わせになった。


『(あ。跡部先生だ…)』


一瞬、跡部の姿を見て嬉しくなるが仁王と手を繋いでいることを思いだし、その場から逃げたくなった。

しかし、仁王の足は止まることなく跡部に近づいていった。


『こ、こんばんわ。』

「あぁ、」


跡部は素っ気なく返事をすると唯智の横を通り過ぎた。

仁王に手を引かれ、唯智は立ち止まらずに歩き続けた。

一方の跡部は立ち止まり、振り返って二人を見た。


「(わざわざ手をそんなに握らなくていいだろうが。見せつけるためか?)」


そう心中で仁王に悪態をつくと再び歩き始めた。

跡部が気になった唯智はチラッとその背中を見ようと振り向いた。


「どうかしたんか?」

『いえ、なんでもないです。』

「………」


唯智の様子がおかしいことなど、仁王は気づいていただろう。

しかし、跡部に渡したくない一心でいた。

出来るだけ跡部のことを考えさせないように彼女のそばにいた。


唯智は散歩から戻るとその日の日記にこう綴った。


『日記さんにはなんでも話さなくちゃ。私、跡部先生がよくわからない。優しいときもあったのに…今はぜんぜんわからないの。』


跡部との間に出来た溝が埋まる日はくるのか、と考えると苦しくなり、クッションを顔に押し当てた。


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あきゅろす。
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