13話 泣きたいときは
あれからの英語の授業は幸村が来るようになり、跡部はパッタリ部屋を訪れなくなった。
「……唯智、体調でも悪いのか?」
『いえ平気です。続きお願いします。』
「それならいいが…」
ぼーっとしてることが多くなり、幸村もこの時ばかりは心配していた。
どことなく跡部との距離を感じている彼女は思い耽(ふけ)りながら窓の外を見た。
『(あ、跡部先生だ…)』
たまたま資料を抱えて外を歩く跡部を見た唯智。
彼の行き先を目で追っているときに跡部と目が合った。が、すぐに逸らされてしまった。
『…………嫌われた?』
「うん。今の英文の訳は確かに嫌われただけど、ここでの意味で――」
『………』
「唯智?」
彼女の様子を見て不審に思った幸村は外を見た。
跡部の姿を見て理解したらしく、恋をするって大変だね。と呟き、苦笑するがその笑いさえ彼女の耳には入らななかった。
『(跡部先生はもう授業してくれないのかな?)』
寂しそうにノートに視線を戻した唯智はため息を一つ吐く。
それを見た幸村はなにもなかったように授業を続けるのが最善策であると考えた。
ほぼ一方的の授業をこなすと幸村はため息を吐いて、次の授業に向かうために立ち上がった。
「(全く、跡部はなにがしたいんだ。唯智を困らせてばかり……)」
立ち上がってからもしばらく待ってみるが唯智からの“ありがとうございました”といういつもの明るい言葉はなかった。
「……唯智?また来るよ、」
『あ、すいません。』
「疲れてるんだろう。今日はいつもより早めに休んだ方がいいよ。」
『……はい。』
幸村が部屋を後にすると廊下で唯智の授業をしにきた忍足と会う。
「唯智、こないだからああなんだ。なんとかならないものか。」
「なにがあったか知らんけど、恋愛のゴタゴタは勘弁して欲しいな。」
「相手が素直なら問題ないんだけどね。」
「例えば切原とか丸井とかか?」
「いや、彼らはアホだから。」
一瞬、彼が醸(かも)し出すオーラが黒くなると忍足は身の危険を感じた。
ひきつった笑い方をした忍足に幸村は後は頼む、と伝えてその場を後にした。
忍足は唯智の部屋までくると数回ノックしたが返事がないため、気は進まないが仕方なく入ることにした。
「唯智?調子はどうや?」
『あ…こんにちわ、忍足先生。』
「こんにちわ。」
忍足が部屋に入り、唯智の視界に入るとようやく忍足の存在に気づいたのだった。
唯智は忍足が持つ教科書を見て肩を落とした。
『……仁王先生の代役ですか?』
「あぁ、せやねん。仁王は他に授業があってな…」
仁王とは跡部以上に距離を感じている彼女は寂しさが募った。
『そうですか……』
ふと窓から外を見れば生徒たちが楽しそうに走っていた。
それに紛れ、仁王がいることに気づいてしまった。
『(…なんだか楽しそう…)』
外を見ている唯智の表情をうかがい知った忍足は外にいる人物が誰かを理解した。
「恋は盲目って言うんはホンマなんやな?」
そう呟き苦笑するが幸村の時と同様に彼女の耳に入らなかった。
『忍足先生?』
「なんや?」
『………』
「辛いなら吐き出しぃ?他言はせえへん。やから言いたいこと言うてええよ?」
『わた、しは…も、う…あの子たち、みた…いに先生…と笑い、合えない……』
涙を流す彼女を忍足は保健医らしく慰めの言葉を掛けた。
「泣きたいなら気が済むまで泣くんや。泣けば少しは楽になるから。」
『わ、かんない…どうし…たらい、いかが。』
彼女自身、跡部と仁王に振り回されて自分を見失っていることに気づいてはいなかった。
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