お菓子なんかいらない
黒い癖の強い髪をふわふわと揺らしながら屈伸しているのは後輩の切原。
その彼と話し込むあたしは立海テニス部のマネージャーを務めている。
「で?明良先輩は丸井先輩と付き合いだしてどれくらい経つんスか?」
『付き合い始めて1ヶ月。』
そして、丸井ブン太の彼女でもある。
「(まだ手さえ繋いでないとかって仁王先輩が言ってたな…)」
『聞こえてる。』
「え、あ、すいません。……あの、ほら!丸井先輩だから、実は明良先輩とお菓子ならお菓子が好きなんスよ〜!」
だから諦めて俺にしません?なんて言って冗談を言った切原の頭をグーで殴ってやった。
「ヒドいっスよー!」
「帰ろうぜぃ明良ー?」
『はーい!じゃ、あたしは帰る。赤也なんか知らない!』
頬を膨らませ、怒った素振りをしてみると慌てて頭を下げて謝ってきた。
素直な彼はとても憎めそうにない。
それに悪気があったわけじゃないと知ってるから笑顔で手を振って別れを告げた。
『じゃあね!』
「あ、はい!…………まずったかな?」
「なんかやらかしたん?」
「うおー!ビビったぁ……仁王先輩いつからここに?」
「んー…“丸井先輩だから、実は明良先輩とお菓子ならお菓子が好きなんスよ〜!”から。」
「………………」
いくらお菓子愛の丸井ブン太でもこんなにも奥手とは思わなかった。
“お菓子の方が好き”
その日から結局、あたしはブン太に疑問を投げかけられなかった。
そして時は経ち、悩み始めて一週間が過ぎていた。
「明良ー?帰るぜー?」
『あ、うん。』
部活後、楽しみだった二人並んで歩くことが今となっては憂鬱に感じ始めていた。
『(ねぇ、キミの愛し方を教えて?)』
そうブン太に念を送ったが見事なまでに玉砕した。
なぜかと言うとブン太はポケットからチョコを取り出したのだった。
気づいてくれやしないブン太にイラッとして嫌み半分で言ってやった。
『本当に好きだね〜?』
「あ?…うん、好き。」
お菓子の話なのにドキッとしてるあたしがいた。
期待してバカみたい。
「甘いもの食べると頭の回転よくなるんだぜぃ?」
『だったらこないだのテストはなんだったの?確か43点だっけ?』
「あ、あれはちょっと調子悪くて!」
『ただの言い訳だ〜』
「うっせぇな!」
頬を膨らませると次の瞬間、口にキャンディーを放り込んでいた。
先のチョコは消費し終えたらしい。
『ストレスたまると甘いものほしくなるよね。テストの点数の話はストレスだったの?』
「あんな〜?ストレスって決めつけんなってばよ。」
『ごめんごめん。』
笑うあたしとは違い、どこか拗ねたような素振りを見せたブン太にこのとき気づかなかった。
「…このままじゃ、違うことでストレスたまるっつの。」
『え?なに?』
「なんでもねーよ!」
ベッと真っ赤な舌を出してあたしより数歩前に出て石を蹴りながら歩きだした。
あたしはそんな子供臭い彼が好きだった。
でも切原のあの一言を考えるようになった最近はわからない。
「あ、見てみろぃ!こんなにデカく膨らんだぜぃ!?」
口から出てるガムを膨らまし、いつもより風船の出来が良いと喜ぶブン太。
いつの間にキャンディーを食べ終わったんだ?
『ホントだ、すごいじゃん!』
あたしは思う。
いつも食べてるガムが――
『羨ましい、』
「……なにがだよ?」
ジッとブン太を見つめると視界が溢れてきた涙のせいで歪んだ。
「な、なん…どうしたんだよ!?」
『……ブン太は、お菓子が好きなんでしょ?』
「好きだけど……それがなに?」
『じゃあ、あたしは?』
「え?」
なかなか答えない彼に痺れを切らせたあたしはブン太の持っていたガムを奪った。
『ブン太はガムを肌身離さず持ってる。なら、恋人はあたしじゃなくてガムにお願いすればいいじゃない!』
「ちょ、落ち着けよ。なに訳の分かんないこと言ってんだよ?」
『……ガムが羨ましい、』
ポツリと呟いた言葉にブン太が真っ赤になっていたなんて知る余地もなかった。
「もしかして…ガムにヤキモチ?」
『……………』
沈黙に耐えきれず、笑いながらブン太は言った。
「悩んでたのがバカみてぇじゃん。俺、すっげー悩んでたの。明良に嫌われたくないから手も握れなくてさ?」
『ガムやキャンディーは握ったり食べたりしてたくせに。』
「そう怒んなって、な?」
そう言うとブン太はあたしに手を差し出した。
願っていたものが目の前にあって一瞬で嬉しくなった。
お互いの手をしっかり握るとそれから離れることはなかった。
「そういや、今言ったよな?ガムが羨ましいって。それって、口の中にあるから?」
そう照れくさそうに笑いながら言う彼に触れるだけのキスをされた。
「これから俺にガムもキャンディも必要ねぇな。」
『え…?』
お菓子
なんかいらない
ぶっちゃけ、手も口も寂しかったわけ
** END **
2007.9.2
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