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隣の窓まで30cm


俺の日課は季節関係なく夜、寝る前に自室の窓を開けること。


――コンコン。


そして、ピンクのカーテンがかかった窓に少し手を伸ばし、ノックをする。

それは隣の住人である明良の部屋で電気がついている限り毎日のこと。

彼女がノックに気づき、窓を開けるとお互い初めに口にするのは挨拶の言葉。


『こんばんわ?』

「こんばんわ、」


俺は幼なじみである明良の部屋の窓に昔から変わらずノックをしてきた。

その行為自体に変わりはないが俺の気持ちは変わりつつあった。

いつしか一日の最後に見るのは明良の笑顔でありたい、と思うようになっていた。


『今日も外は暑いよね〜』

「エアコンないと寝られんな。」


ついでにいうと他愛もない会話に虚しさを感じるのも毎日のこと。

それでもこの窓と窓の間、30cmを越える度胸はなかった。

幼なじみ、それが理由。


「明良ん部屋、もしかしてエアコンついちょるん?」

『あ、うん…』

「なら、窓閉めんと冷気逃げるぜよ?」

『雅治の部屋もついてるでしょ?』

「…まぁな、」


俺たち二人は地球に優しくないな、と笑い合う。

ついでにいうと家の電気代の値上がりに拍車をかけとう。

だとしても、もっと明良といたいと思う気持ちに嘘はつけん。


『あ、じゃあ……私がそっちに行く!そしたら窓開けてなくていいし、電気代もマシになるでしょ?』


唐突な提案に一瞬焦るが冷静に答えた。


「危ないからやめんしゃい?落ちたらどうするん?明良はおっちょこちょいなんじゃ。」

『なによー!じゃあ、雅治がこっちくれば?』

「いや……それもちょっとな、」

『あ、もしかして子供の時にこっちの窓に飛び移ろうとして落ちかけたせい?』

「そんなわけないじゃろ。」


そう反論するとふふ、と優しく笑った明良を見て胸が熱くなった。

参ったな、と言葉を漏らせば彼女はまた楽しそうに笑った。


「しかし、ガキのくせにあの頃の俺は大したチャレンジ精神の持ち主じゃけ。」

『ただいたずらっ子なだけでしょ?』

「ふっ、そうとも言うな。」


あのとき、たった30cmの距離を飛び移るのに失敗して落ちかけた俺は明良を巻き込んで両親に叱られた。

二人で正座させられてこっぴどく、それも耳にたこが出来るほど二度としちゃダメ、と釘を刺された。


『あれはさ?危なかったからダメって言ってたじゃない?』

「あぁ、」

『今はもう、危なくないんじゃない?』


無邪気に笑いながら言った明良を見て、これ以上俺の気持ちを荒立ててほしくなくて警告として言った。


「違う意味で危ないと思うぜよ?」

『……私は平気、』


しかし、なにが言いたいのか理解したらしく、明良はわりと平然と答えた。

拍子抜けした俺はため息を吐くしかなかった。


「じゃあ、そっち行く。」


“平気”という言葉の意味をよく考えもせず、俺は彼女のその言葉を信じて窓を越えることにした。


「のう、明良。今日、一緒に寝ん?」

『あのベッドに二人は狭いけど?』

「別にいい、」

『じゃあ…手繋いでいい?』

「ん、」

『明日、一緒に怒られてくれる?』

「あー…俺は叱られる前に逃げるぜよ?」

『ヒドい!』


俺は今日、幼なじみという隔(へだ)たりをようやく乗り越えた気がした――





隣の窓まで30cm
今度は俺が巻き込まれる番だから一緒に怒られちゃるよ。





** END **

#2007.8.10
企画参加(虹の輝き。)



あきゅろす。
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