ナミダイロ
「明良、行くなっ!」
そう言って腕を捕んだ彼は正真正銘の弟。
ふりほどこうとしても男には勝てやしなかった。
『ちょ、やめて!』
「行くな、明良。行かないでくれ!!」
『離して!』
「離すもんか!俺たちずっと一緒だっただろ!?今更逃げんのかよ?なぁ、明良、答えろ!」
『い、たいってば…』
何故こんなことになっているのか。
事の始まりは、半年前に遡る。
『え?お見合い、ですか…?』
「明良さんも跡部家の長女として立派になられたんですもの。そろそろ嫁いでいただかなくてはいけませんわ。もう、21歳ですものね。」
「相手の方は24歳の○○コーポレーション社長のご子息なんだ。」
「申し分ありませんわね、」
両親が選んだ見合いの相手の方は確かに親切でいい人だった。
明良はお見合いを経て、半年に渡りお付き合いした。
そして相手の方からプロポーズをされ、明良はそれを受けた。
しかし、決して相手を好きになれたわけではく。
跡部邸にいつまでもいるわけにいかないと知る故、明良はこの話を受けた。
今日はこれから区役所へ婚姻届けを出しに行くというのだ。
すべて景吾の目に触れぬよう、耳に入らぬように行動していた。
しかし、ついに見つかってしまったのだ。
よりによって婚姻届けを出しに行くというその日に。
「何とか言え、明良!」
『離して景吾っ。約束の時間に間に合わない!!』
「俺は婚約したなんて一言も聞いてねぇよ!」
『だって――』
そう言わなかったのだ。
いや、言えなかった。
明良は景吾を愛していたし、景吾からの愛も日々感じていた。
だから傷つけたくなかった。
傷つく姿を決して見たくはなかった。
景吾が好きだったから言えなかった。
それが明良の本心だった。
『お願いわかって…わ、たしだって…辛いの、』
明良は耐えきれず涙を流した。
「…っ!」
“あぁ、景吾。私はあなたを愛してる”
口に出して言いたい。
でも、言えないと理解していた。
「俺はどうすればいいんだ!明良がいなくなったらどこに安らぎを求め、どこに愛を求めに行けばいいんだ!」
『…っ!』
「明良、愛してるんだ!」
『だ、だめ、景吾。』
「愛してる…」
『やめて、景吾!』
「愛してる!!」
『言わないでっ!!』
「…………」
『それ以上なにも言わないでー…』
彼女の決意が揺らいでしまいそうだった。
「明良……」
名前を微かな声で呼ぶと彼女を抱き寄せてキスをした。
『……んんッ、んぅ……』
景吾は逃げられないように後頭部と腰に手を回している。
嬉しい反面、景吾の胸を叩いて抵抗してみせた。
しかし、景吾の甘い香りが頭の中を支配し、景吾のキスが躯を支配した。
景吾は口の中に舌を滑り込ませた。
悪い気はしなかった。
むしろ、それさえ愛おしかった。
景吾の背中に腕を回し、呼吸が止まっても苦しくても景吾にすがった。
唇を離したらすべてが終わりを迎えると知っていたから――
限界に達すると酸素を取り込んだ。
お互いの唾液が混ざり合い、飲みきれなかった分が口の端からこぼれ、滴り落ちた。
『…っ、はぁはぁ、』
「……明良…」
呼吸もまともに出来ず、話さえも出来ない。
『……け、ご…あ…してる…』
「…っ、聞こえねぇ」
『愛して、る……』
「聞こえねぇよ!」
『――愛してる。』
いつも冷静な景吾は涙をこぼした。
気持ちの深さが伝わってきた。
しかし、別れの時は近かった。
『ご、めんねっ…』
明良はそう言って景吾を突き飛ばし、すぐに走り出した。
「明良っ!明良っ!!」
このまま明良がほかの男に無理矢理抱かれるのを指をくわえてみていなくてはいけない。
そう思うと明良をすぐに追いかけた。
「『もっと、もっともっと愛されたい。』」
それが二人の願いだった。
しかし“姉弟”だと言う現実が待っている。
だから明良は両親の待つ玄関へ向かった。
『―――お待たせしました、』
「では、行きましょうか。」
『はい……』
明良は胸が張り裂けるような思い故に俯いたまま両親の後を歩いた。
すると部屋から景吾がドアを壊さんばかりに飛び出してきた。
「明良っ!!」
「なんだ、景吾。」
「はしたないですわよ。20歳にもなる、跡部財閥の次期社長が。」
「行くな、絶対行くな、明良っ!!」
苦しいほど愛してる――そう心で叫んだがそれは届かず。
『お父様、お母様、行きましょう?時間に遅れます。』
明良は何も言わず、景吾を見ることもせずにその場を去った。
「いやだ……許さない!絶対許さねーからなぁぁぁぁぁ!!!」
『(ごめんね、景吾。それが運命なの。)』
ナミダイロ
彼らは死ぬまで泣き続け、その心は涙色に染まる
** END **
#2006.2.22(#2007.1.27)
相互記念
雅沙雪さま
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