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ねぇ、名前を呼んで


高等部に上がった春、初めて自分から好きになれた人がいて、俺は遅い初恋を経験した。


『景吾〜!』


俺の名を呼ぶ明良が愛らしい。

そんな風に思うなんてかなり重症だな。


『手、繋いで帰ろう?』


恋人同士である俺たちの下校時は言うまでもなく一緒。

決まって手を差し出してくる明良、そして、それを握る俺。


『最近、車じゃないんだね?』

「まぁな。歩く方が良いだろ?」


今まで俺は当たり前のように登下校時は車で送迎してもらっていた。

しかし、明良と付き合うようになってから帰りだけは徒歩で帰るようにした。

少しでも明良といたいから。

朝は練習があるから時間が合わないため、仕方ないと自分に言い聞かし、我慢していた。


公認、つまり周りから見ても順調に愛を育む恋人同士だった。

しかし、ある事から幸せは崩れたのだ。





あれは学校でチャリ通をするヤツらが自転車点検を行った日だった。


「自転車通学許可取ったんだな?」

『一応ね、』


明良も許可を得たらしいが、俺としては自転車に乗ってほしくない。

部活で忙しい俺たちが唯一、ゆっくり話が出来る時間というのが下校時だけだからだ。

俺は少しふてくされて明良に言った。


「自転車なんか乗んなよ?」

『なんで?あ、まさか景吾……自転車乗れないの?』

「なんでそうなんだよ!」

『だって、いかにも乗れなさそ〜』


自転車を押して歩く明良からハンドルを奪い、跨ってみた。


「自転車に乗れないなんて跡部財閥の恥だ。」

『ごめん(笑)』


乗り慣れてるわけではないが、乗れないわけではなかった。

少しペダルを漕いで自転車を進ませた。


『お兄さん、乗せてくれませんか?』


そう言われ、急停車する。

振り返れば、頬にチュッと触れるだけのキスをして無邪気に笑う明良がいた。

次の瞬間、持っていた鞄をかごに投げ入れ、補助席に乗っていた。


「スカートだろ、」

『下にはいてるから平気。』

「たく、……で?どちらまで?」


そう聞けば、


『景吾となら、どこまででも。』


と耳元で囁いてきた。

沈みかけたオレンジ色の夕日のおかげでほのかに赤くなった顔が隠れた。


「行くぜ?」

『いいよ!』


明良は俺の体に腕を回し、しっかり掴まっていた。

そんな明良が可愛くて仕方なかった。





いつも歩いて通っている通学路なのに、自転車乗っているだけで違う景色に見えた。

そう、自転車に乗っているというだけで少し急な坂道がより急になった。

自転車はかなり勢いがついていた。


「っ、!?」

『あぶなっ!』


そして、運悪くも数メートル先の角から車が停止線を越え、飛び出てきた。

そんな状況でブレーキがすぐ利くわけもなく、車を避けきれずに車道に自転車ごと飛び出し、転倒した。


「オ、オイ。大丈夫かい!?」


逃げもせず、車の運転手は切実な態度で慌てて車から降りてきた。

冷静に考えれば、勇敢な運転手と言えただろうが今の俺はそれどころじゃない。

次の瞬間にはぶつけた頭を押さえながら運転手を睨んでいた。


「ってー…大丈夫なわけ『けいごぉぉぉお!!』


近いようで、遠いような明良の声にすぐ反応して振り返る。


「明良?……明良ー!!」


物事が色あせて見えた。

見れば明良は片側2車線の道のド真ん中。

対向車線からは車が来ていた。

そして正面からも―――明良は逃げられなかった。


「明良ー!!」


手を伸ばしていた明良に何もしてやれなかった自分を殺したいくらい憎んだ。

無惨にも明良は車にはねられた。


「明良っ、悪ぃ…明良。」


呼吸するのも難しそうな明良を抱きしめた。


『な…かない…で?』

「……明良っ、明良!」

『大丈…夫、へ…きだよ…』


閉じかかる目、

薄れていく言葉、

大量に流れ出る血、

冷たくなっていく手先、

もう、どう足掻いても明良は助からないと思った。


「……明良は俺の恋人だ。俺は、お前以外はいらねぇ!明良じゃなきゃいらない!」

『あ…りが…と、』

「初めて自分から好きになれた女だ。」

『う…ん、』

「明良を忘れられない。だから、俺の隣は明良以外歩かせねぇから!」

『け、ご―――』


誰かが呼んだ救急車がその場に到着した頃、時は遅し。

明良は俺の腕の中で二度と覚めない、深い眠りについていた。










翌日、俺はいつものように学校の門に寄りかかり立っていた。


「……ッ、」


でも、いくら待ってもそこに明良は来ない。

待っても、待っても来なくて――


「アイツ、まだ来ねーのか?」


俺はいつものように明良が“景吾、帰ろう?”と、声をかけてくれるまで泣き止むことはないだろう。


「いつまで待てば明良は来る?」


静かに涙がアスファルトに滴り、染みを作った。


「いつまでも待つからっ!早く来いよ、明良!!」


最愛の彼女が目の前で亡くなった事件を受け入れる事は重かった。



“景吾!”



その声を聞かなくなって、何年経過しただろうか?

俺は今でも明良に会いに、あの坂へ向かう。





ねぇ、名前を呼んで
そして、再会を夢見て待ち続ける





** END **
#2007.5.23

企画(最後の抱擁)提出作品
実話を元に、


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