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空が静まっても


どうしても最後にそれらしいことがしたくて俺は意を決して明良に会いに来た。

彼女の家には幾度となく足を運んだから俺が訪問すれば、彼女の母親は快く応じてくれる。

これからこんな風に会いに来ることもないんだ、と思うと寂しくて全てが惜しくなった。


「こんばんわ、」

『……こんばんわ』


恋人という言葉とはかけ離れた、よそよそしい挨拶をした自分をちょっとばかり責めた。


「久しぶりだな?」

『うん、終業式以来だね?あ、あがって?麦茶で良ければ……』

「いや、ここでいい。」


部屋にあげてくれると彼女が言えば、以前の俺なら喜んでお邪魔した。

しかし、今は会話さえも続かない状態。

こんな空気に絶えられなくて、すぐに用件を述べた。


「なぁ、明良?一度しか言わないからよく聞け。」

『う、うん…』

「明日、花火大会あるだろ?」


毎年行われる大きな花火大会に去年の明良なら行きたい、と強請っていた。

なのに今年はなにも言わなかった。

なぜこんな風に距離が出来てしまったのか、俺たちにもわからない。


「7時半からだったよな?」

『確かね?』

「7時半に――」


続けた言葉はガラスが割れる音で遮られた。


『聞こえなかった。』

「俺は一度しか言わないって言っただろ?明日、待ってるから……」


このひねくれた性格が直ればいいのにと何度願っただろうか?

一枚上手、と言う言葉があうときもあるが今はまさに損であろう。


俺は翌日、花火が始まる10分前に河原のあの木の下に来た。

明良が来る保証はないがこの最後に賭けたかった。


「来るわけねぇよな……」


しかし、時間になっても明良は現れず、俺は空を彩る花火を一人、ただ眺めた。

色とりどりの花は呆気なく夜空に煙だけを残して消えていった。

ドンドンドン!とただ光る花火が数回上がると全てが終わったように感じた。

周りでは綺麗だったね、なんて今まで見ていた景色に興奮する恋人たちがいたがその会話に俺は同意できなかった。


「……ごめんな、」


まだ全てを終わらせることに躊躇(ためら)いを感じている俺は静まり返ったその場所から動けなかった。

まるで足が石になったみたいだった。


『景吾ー!!』


そう聞こえた愛しい明良の声さえ、風のイタズラだと感傷的になっていた。

その声に振り向いたて心底がっかりする姿は目に見えたからだ。

しかし、そこには汗だくになったせいで額にくっつく前髪をかき分け、膝を震わせ今にも屈み込みそうな明良がいた。


『す…ごい、探し、た……』

「場所は指定したはずだぜ?」

『……時間、に間に合…わなかった、ごめん。』

「……もう遅い、」


可愛くない言い方をした俺はまるで拗ねた子供のようだった。


「終わったぜ、」

『……それは花火、でしょ?』

「いいや、」


“俺たち”と続くはずの言葉は言葉にはならず、ただ心の中でこだました。

目の前にいる明良が少し俯くと頬に涙が伝った。


「苦しませたな。でも、もう終わりだ。」


それだけ言うと唇を噛みしめ、自分に鞭打ち、一歩を踏み出した。

明良とすれ違い際に彼女がポツリとこぼした言葉に俺は踏みとどまった。


『あたしたちは…花火じゃない。』


そう言うと明良は爆発したように泣きじゃくりながら言った。


『約束したじゃない…景吾と来年もこの木の下で花火見るって。ずっとずっと一緒に見たいって言ったのに……どうして?どうして一人で完結させようとするの?花火が終われば、あたしたちも終わっちゃうような…そんなモロい関係だったの!?景吾のバカ!意気地なし!!』


あぁ、なんて健気なんだろう。

人を思うあまりに涙を流す女はなんて愛くるしいんだろう。

その時、思い出した。


俺は明良が好き好きでたまらないことを――


今出来るのは明良を精一杯抱きしめることだけだった。


『や…だよ……景吾、やだぁ…』

「俺も…いやだ。悪かった、明良。」





空が静まっても
花火は終わっても俺たちには“始まり”にすぎないんだ





** END **
#2007.8.6(夢コン参加)


あきゅろす。
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