幸福の先にあるもの
生理ってなんでくるんだろう。
この現象(って、言い方は変だけど)を経て女性は妊娠出来る。
つまり、愛する人の子供を授かる準備をしているわけだけど、生憎そんな予定はない。
『(…彼がそんなことまで考えてるとは思わないし。)』
私がじっと見つめた先にいた彼は視線に気付き、近付いて来て頭を撫でた。
今日は生理痛で苦しむだろう私のためにうちに泊まり込んでくれたのだった。
『(あのパパが……よく許したな。雅治なに言ったんだろ?)』
父親の承諾を得て彼氏――仁王雅治は私の部屋にいた。
初めて泊まりたいって言った時は絶対ダメって言われると思ってただけあって拍子抜けしちゃったというものの、やっぱり嬉しかった。
父親は幾度となくうちに泊まりに来ている雅治を今では本当の息子のように可愛がるまでなった。
「どうかした?」
『あ、ううん?』
「早う、寝んしゃいよ。寝るまでここにいちゃるから。」
心配してくれる雅治にベッドに入るように促されて、私は渋々布団に潜り込んだ。
すると布団を綺麗にかけ直してくれた。
まるで幼い子供を寝かし付ける母親のようだった。…なんて言わないけど。
「おやすみんしゃい。」
『おやすみ。』
その日、最後に交わした会話はこれだった。
私は一日の疲れと睡魔に襲われ、すぐに深い眠りへ落ちていった。
その後、雅治がどうしたか知らない。
*
気が付くと私の目の前には雅治がいた。
左胸の服をシワが出来そうなくらい強く握りしめ、身を縮めていた。
『ま、雅治!?』
「っ、…は……くっ!」
苦しんでいた雅治になにもしてあげられず、やがて彼は床に倒れ込んだ。
私はただ、力が抜け切った雅治を泣きながら揺すっていた――
『雅治ーっ!』
身体がびくんと大きく動き、腹部が異常に痛む。
目尻には涙、額には変な汗が浮かんでいた。
『……夢?』
カーテンがうっすらと太陽の光を帯びてその色を映し出していた。
静かな部屋には無機質な時を刻む音が恐ろしいくらい正確なリズムで動いていた。
『まさ…はる?』
あんなに苦しむ愛する人を見るのは怖い。
二度と見たくない。
「明良、どうしたんじゃ?腹が痛むん?」
ふと聞こえた寝起きで掠れた声に安心すると先の恐怖が薄れていくと同時に涙が溢れた。
『怖い夢見た…』
「よほど痛かったんじゃのう。可哀相に……こっちきんしゃい?」
まだ太陽が上りきる前で薄暗い部屋の中、彼が布団を持ち上げて手招きしているのが見えた。
彼の布団に移動して雅治に抱き着いたのは言うまでもない。
『ずっと一緒にいてくれるよね?』
「…なんじゃいきなり。俺が死ぬ夢でも見たんか?」
笑っていた雅治は私の様子を見て、落ち着いた声で当たりか、と呟いた。
お腹が酷く痛んだからってなにも好きな人が死ぬ夢を見なくてもいいのに。
自分が死ぬならわかるけど。
「安心しんしゃい。今のところ俺んスケジュールに早苗明良と別れる予定はないんでな。」
『今でしょ?』
「この先もじゃ。」
額にキスされて私は眠りを促され、再び瞼を閉じた。
すると雅治が言う。
「俺ん予定は明良と一緒にいることじゃ。じゃき安心しんしゃい。」
抱きしめられて、近くで聞こえた彼の心音が心地よかった。
その温もりに眠くなっていった。
「そういや……明良のパパになんて言うたかわかるか?」
『ううん?』
「明良と真剣に付き合(お)うちょるから俺が息子になる日も近いかもしれん、って言うたん。おじさんビックリしとったのう。」
『それ…』
明良は適当な気持ちじゃなかよね?
そう聞きながら彼は私を抱き直した。
不安だとじっとしていない彼のちょっとした癖を知る私にすれば可愛い仕種だ。
『もちろん、真剣だよ…雅治。』
「そんじゃなきゃ困るけどのう。」
ふと笑う彼に吊られて私も笑った。
お腹の痛みがこの時はさほど気にならなかった。
幸福(しあわせ)というのは痛みを緩和させる力があるなんて知らなかった。
『雅治?』
「んー?」
『私、あなたに出会えてよかった。』
「生理痛ん時、一緒に寝てくれるからか?」
『それだけじゃないもん。』
こんなに愛してくれるのは世界中どこを探しても雅治しかいないと私は思う。
自惚れ?
ううん。
自信もあるし、実際にそうなの。
「あーあ。こんな可愛い明良が見られるならいっそ、居候でもしたいねぇ。いや、居候より手っ取り早いんは結婚か。でも、もうちょい早苗の姓を名乗る明良を楽しみたいしのう。」
そんなことを言った彼はなんて可愛いのだろう。
ずっと彼が変わらなければ、と願う。
幸福の先にあるもの
それは痛みなんてない世界
** END **
20080205
生理痛の痛さに怖い夢を見て目を冷ました來恋でした*笑
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