こころの嵐
歩道橋の階段を駆け上がる明良。長い髪をふわりとなびかせ、てっぺんで振り返り微笑んだ。
『宍戸ー、早くー!』
そして、かったるく階段をあがってくる俺を待ちきれず無邪気にクルリと回る仕草に目眩がする。明良を見る度に高鳴る鼓動が俺のすべてを狂わせ、正気を奪った。
しかし、その度に心が傷つくんだ。
絶望するくらいなら、この胸に秘めておきたい。けど、誰にも打ち明けずに秘めておけば、俺の中で気持ちが渦巻いて気持ち悪くなる。
そう、苦しむだけ。
「なぁ?俺のこと…」
ここで言葉をくい止められたら苦しまずにすむことを知っている。いっそのこと、明良のすべてを忘れられたら楽になれるのに。
それができたら苦労はしない。
「好き?」
『うん!』
うそ言え。おまえは俺のこと好きでも何でもねんだろ?
俯く俺のそばまで明良が来て、顔をのぞき込まれる。彼女の視線が突き刺さる。
『どうしたの?』
「いや、なんでもない。行こうぜ?」
『うん、』
俺の横を歩く明良が手を握ってくると静かにそれを握り返してやった。
行く宛はいつも決まって俺の部屋。
“薄暗い部屋でする行為=恋人”と言う方程式は俺らには無縁だ。
『宍戸寝ないの?』
明良は下着だけになってベッドにいる。寝る、とだけ言えば手招きしていた。シングルベッドに横たわるとただでさえ狭いのにさらに狭さを感じた。柔らかい彼女の髪を撫でてやれば俺に抱きついてきた。
明良の暖かさ、髪の香り、柔らかい肌、すべてを感じれば狂いそうになる。嫌気がさして瞳を閉じてみたが、それでも明良が見えた。
『宍戸?』
呼ばれて、そっと瞼を開けば明良と視線が交わる。俺は彼女の表情を見てそんな顔すんな、と心の中で呟いた。
『…ね、宍戸?』
さらにそんな声出すな、と呟く。
『宍戸ってばぁ?』
―プツン
音を立てて俺の中の何かが切れた。俺はまた明良の誘惑に勝てなかった。苦しむとわかりながら、いつも期待する自分がいる。その結果、振り回されてばかり。
『…し、しどっ…ん!』
弾む息を抑えることもできず、目の前で最高に綺麗な姿になった明良を見て一瞬口元が緩む。しかし、彼女のすべてを手に入れられたわけじゃないと現実を知るのはその数秒後。
『…け…ご…』
これは悪夢だ。一瞬で我に返り、憂鬱になるのも毎度のこと。
「…くそっ!」
そして俺はまた傷ついて、刻々と絶望の淵に立つときが近づいている。そう思うと、あのとき泣いていた明良を助けた俺を憎む。
欲しくても手に入らないとわかっていたのにどうして明良を助けたのだろう。
『宍戸、ありがとう?』
一番聞きたくない言葉。でも、強がって平気な顔をしてみた。
『好きだよ?』
明良がそれを言いたい相手は俺じゃないとわかっているために傷つく。だけど、1%でも希望があってほしいから俺も、と答えてしまう。
俺は明良に付き合ってやってるだけ。だから、欲しい、なんて思っちゃいない。
俺の胸が熱く、燃え上がるこの気持ちに誰も気づかないでくれ。俺はいつだって明良の都合の良い誰かの身代わりだから。
俺はいつまで苦しめばいいのだろう?きっとこの苦しみから解放されることはない。
こころの嵐
いつか、俺だけを見てくれ――
** END **
2006.6.21
加筆/2007.8.27
恋愛中
I'm in Love第228号にて
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