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あの夏のビー玉


セミの声と風鈴の音が聞こえ、私たちの住むこの土地にまた暑い暑い夏が来たと実感した。

夜になれば、浴衣を来て花火をしている子供の姿が見えた。


「花火大会にわざわざなんでレギュラーの奴らといかなきゃならねぇんだ。」


隣から不機嫌そうな声が上がり、彼の隣から彼を諭す声が聞こえた。

私もその一人になる。


『まぁ、いいじゃない。中学、最後の夏なんだし。』


不満ながらも仕方ないと自分に言い聞かせた彼はため息をついた。

それは部長でそういう楽しさをよく知らない可哀相な人・跡部景吾。


「だが、夏は今が最後じゃねぇだろ。アイツらの考えがいまいちわからねぇ。明良のもな。」

『そのうちわかるよ。絶対良い思い出になるって!』


そう言った私を一目だけ見てみんなは「じゃ、そういうことだから」と言い、それぞれ行きたい夜店へと向って行った。

“最後だからみんなで”と提案した本人も忘れているのか私と景吾を残していなくなった。


『(無責任。私に景吾を押し付けて。)』


彼はそんなみんなの行動を見て、またため息をついた。

花火の綺麗さや夜店の楽しさを教えてあげたいとは確かに思っていたから苦でなかった。

その思いが一つの始まりだった。


『金魚すくいでもしない?』

「うちには熱帯魚がいるのに金魚を持ち帰って一緒に飼えって言うのか?」


なんて可愛くない反応なんだろう。

金魚すくいなんてお祭りに付き物だし、やることに意味があるというのか…盛り上がるからいいと思ったのにな。


『じゃあ、綿あめ食べよ?』

「甘いもんはいらねぇよ。」

『ちょっとでいいの!』


無理矢理引っ張っていって綿あめを買って渡した。

物珍しいんだろう。彼はまじまじと綿あめを見つめていた。


『お祭りにはお祭りでしか手に入らないものやおいしいものイッパイあるんだから!』


私の渡した綿あめとその一言で彼の気持ちが変わったとわかった。

綿あめを割いて食べたから。


「甘い!」

『ざらめ(砂糖の塊)だからね。』

「んなもん喜ぶのは子供と女だけだ!」

『じゃあ、綿あめと林檎あめとチョコバナナとクレープを頬張ってるジローと岳人は…』

「ガキか女なんだな。」


そう言いながら景吾は笑った。

ふと目を見開き、なにかに興味を示した子供のように岳人を見ていた。


「岳人の飲んでるあれはなんだ?」


ラムネのことだろう。

周りを見回すとラムネを売ってる店を見つけ、私は買いに行こうとした。

すると景吾に止められた。


「待ってろ。」


そう言い残して私が行こうとした店に向かって行った。

内心、小銭を所持しているのだろうか。と考えながら彼の背中を見ていた。

そう時間が経たぬうちに彼は戻って来て私にラムネを渡してくれた。

景吾の左手には自分用のラムネがあることに少し笑えた。


『あ、花火始まったみたい。』


ラムネを開けようとした私の耳に聞こえたのは打ち上げ花火の音だった。

周りの人達が移動しはじめる中、ラムネを開けてあげようとした私はすぐにラムネの栓を抜いた。

炭酸、独特な音は人々の声で聞こえなかったけど確かにビー玉がガラスにぶつかる音は聞こえた気がした。


「出てこねぇぞ。」

『あ。凹み下になるようにして飲むの。ビー玉が凹みに引っ掛かるようにね。』

「ふーん?」


景吾は、俺がまだ知らないことはたくさんあるもんだ。と呟いていた。


『ラムネのお味は?』

「悪くはねぇな。」

『花火見ながら飲むラムネは格別なの!』


景吾がようやくお祭りの空気に馴染んできて、私も嬉しかった。

花火が一つ、また一つと上がる度に黒い空を彩り、私は景吾を振り向き見て笑った。

それに気づいた景吾も私を見て笑った。


「また来年…来てもいいかもしれねー」


そう私の耳元で呟いた景吾の言葉に鼓動が高鳴った。

嬉しさと戸惑いの目で私は彼を見上げた。

すると切ない表情で私を見ていた。


『景吾…』

「明良が一緒ならな。」


そう言った彼の言葉のせいで私は花火どころではなくなっていた。

彼から目を反らすことが出来なかった。


『……ビー玉。』

「あ?」

『ラムネの中のビー玉。ちょうだい?』

「なにすんだよ?」

『何回、景吾とお祭り行けたか。何回二人でラムネを飲んだか。記念に残しておくの。』


そう言った彼は高く上がる花火を見上げて笑いながら言った。

私の手をそっと握ってから――





あの夏のビー玉
なら、俺もお前のビー玉がほしい





** END **

2008.7.31




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