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不安の渦の中


プロポーズされた。

「結婚しよう」なんてロマンがある言葉ではなかったけど、これがあなたの精一杯の言葉だったんだね。

ありきたりなものではないからこそ、私には特別なものとなった。


「おまえを拉致してやる。」


胸がキュッと縮まる感じがした。


「で、監禁してやる。」

『犯罪です!』

「狂おしいほど愛してるってことだ。」


抱きしめられたときに感じた彼の温もりはあまりに心地よくて、眠りを誘うほど安心した。


「明良、絶対ついて来いよ。」

『さらっていく、拉致する、って言った人が言うセリフ?』

「ついて来い。」


私の目を見据えた彼から目を離すことが出来なくて、体が震えた。

正直、景吾からのプロポーズは嬉しかったけど、現実を考えると怖かった。


「そばにいてほしいんだ。」

『でも、……っ。』


彼が満足する言葉が私の口から飛び出ることはなく、言葉を失った。

生きる世界が違うということを彼は十二分に知っている。それでも、私にこう言うのは愛しているからなのだろう。

不安が募るのは景吾を信用していないから?現実を見すぎるから?


「嫌がっても本気で拉致るからな。」

『だから、犯罪だよ。』

「1年半後、つれていく。俺様以外誰も明良の旦那は務まらねぇよ。こんなじゃじゃ馬乗りこなせるのは俺だけだ。」

『失礼な!』

「明良に俺が必要なくても俺には明良が必要だ。」


そんなことを言われて不本意ながら涙したのはいつのことだっただろう?

カレンダーを見て思い出す私は今、彼からプロポーズを受けた日から1年半後に生活している。


――ピンポーン


家の呼び鈴が鳴った。

景吾だ。と、内心決めつけていた自分に少し笑えた。


「よぉ、俺の花嫁さん。」

『アメリカ。今から行くんでしょ?』

「明良の両親は?」

『出掛けていない。』

「ならいい。……来い明良。」


彼が私の手を力強く握り、抱き寄せると抱えあげる。

なにも持たずに私は彼にさらわれた。


「まず婚姻届け書け。」

『それ強制じゃん!』

「子供も作る、」

『……』

「そしたら誰も文句言わねぇよ。幼い子供がいるのに父親と母親を引き離そうとするほど敵は残酷主義でもねーし。」


家族がいないのを良いことに拉致された私は車が発進するとサイドミラーで徐々に小さくなる家を見て胸を痛めた。

これでいいのだろうか。


「…怖いか?」


不意に聞かれた問いに過剰な反応を示した私を運転しながから見ていた景吾は苦笑した。


「俺もだ…」


上手くいくかわからない結婚に怯えながら二人、空港へ向かった。

好きな人といる安心感と不安を抱いて。





不安の渦の中
愛があるだけじゃダメなんだね世の中





** END **

2008.7.22




あきゅろす。
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